がらくたディスプレイ

趣味の小説置き場。どこかで誰かが読んでくれると幸せです。

01-1 /長編『異常で非情な彼らの青春』

『異常で非情な彼らの青春 #37(最終話)』 /青春

#37 長い夢を見ていたーーそれは、何もない無味乾燥な日々で、でも本当は苦しくて、そしてちょっぴり甘くて、最後は幸せだったーーそんな夢。 しかし、すぐにその夢の輪郭がぼやけていく。記憶が薄れ、思い出せなくなる。 私は、誰だ。 藤守林檎ーーそれが私…

『異常で非情な彼らの青春 #36』 全37話/青春

#36 廊下に立ち止まる二人。横を、家に帰る生徒たちが過ぎ去っていく。林檎もまた、肩にバッグをさげていた。 「それ、懐かしいね」 カナは、林檎の髪の側面に結われたリボンに目をやる。 よく見ると、それはツギハギだらけだった。糸で縫われ、丁寧に、つな…

『異常で非情な彼らの青春 #35』 /青春

#35 スマホのアラームが聞こえる。八重島カナは反射的に腕を伸ばし、画面をタッチしてそれを止める。 朝だ。 気分は憂鬱だった。最近はずっとそう。それでも学校には行かなければならなかった。 毎朝のルーティーン――制服に着替えて、ご飯を食べて、身支度を…

『異常で非情な彼らの青春 #34』 /青春

#34 景色に圧倒され、しばし呆然とする。 海と空は広大で。 窮屈さを感じていた自分の世界が、世界だと認識していたものが、とても狭い範囲の出来事であることを思い知らされて。 「ここで――終わりということでいいのかな」 「ああ、いいんじゃないか」 目的…

『異常で非情な彼らの青春 #33』 /青春

#33 駅舎の屋根の付近に埋め込まれている丸い時計――その短針は8の数字を、長針は12の数字を指している。アナログ時計なので、午前、午後かは判別できないが、辺りは明るいので、今は午前8時ということになる。 午前8時。今日も待ち合わせ時間ピタリに到着し…

『異常で非情な彼らの青春 #32』 /青春

#32 深夜の家から林檎の家までの帰り道。その道程を二人並んで歩く。 公園の前を通り掛かる。今朝、深夜と林檎が待ち合わせをした公園だ。林檎は深夜の袖を引いて、公園の中に招き入れた。 住宅街の中ということもあって、それほど大きい公園ではない。子供…

『異常で非情な彼らの青春 #31』 /青春

#31 深夜の家と林檎の家のちょうど中間あたりにある公園が待ち合わせ場所になっていた。約束の時間の数分前に到着した深夜は、ブランコを漕ぐ林檎の姿を見付けた。 林檎も深夜に気が付き、ぴょんと軽い身のこなしでブランコを降りる。深夜は不思議そうな目で…

『異常で非情な彼らの青春 #30』 /青春

#30 林檎ほ困惑した。自分に話があるという女子生徒――八重島カナが何者であるかは理解していたのだが―― 「この前も言ったけれど、私は、あなたのことを知らない」 「うん。あなたが、僕の知っている林檎ではないことは理解している」 事の顛末――幼い藤守林檎…

『異常で非情な彼らの青春 #29』 /青春

#29 昼休み。体育館裏には、久しぶりに、藤守林檎の姿があった。不登校になっていた1ヶ月間という空白が嘘であったかのように、そこに馴染んでいる。そこにいるのが、当たり前で自然に思えた。 以前と変わったのは、深夜が記憶している制服姿よりも厚着にな…

『異常で非情な彼らの青春 #28』 /青春

#28 「もちろん、誰もが君のことを藤守林檎だと認識しているし、そう名乗っているのだから、君は藤守林檎には違いない。でも、俺が今言ったのはそういう意味じゃない――もう、結構前になるけれど、八重島から話を聞いたんだ。藤守と八重島が出会った頃の話だ…

『異常で非情な彼らの青春 #27』 /青春

#27 『○月✕日 私は殺人鬼。殺したくて殺したくて殺したくて、殺したい。いつだって、今日だって、今だって。きっと生まれたときからこうなんだ。』 女子小学生の日記は、次第にこのような物騒な内容が多くなっていった。もっともこれは、林檎の『影』が書い…

『異常で非情な彼らの青春 #26』 /青春

#26 とにかく、林檎が投げて寄越した日記を読んでみるしかないだろう。とは言っても、いつまでも人の家の前――というか、人の家の庭に居るわけにもいかない。深夜は場所を変えることにした。 近くに公園があったのを思い出し、そこに向かう。 住宅地の一角に…

『異常で非情な彼らの青春 #25』 /青春

#25 以前訪れた、藤守家。住宅街の一角にあるその二階建ての建物は普通の一軒家に見える。 深夜は玄関のドアの前に立つと、迷わずインターホンを鳴らした。しかし、しばらく待ってみても何の反応もない。もう一度試すが結果は同じだった。 ドアノブをそっと…

『異常で非情な彼らの青春 #24』 /青春

#24 昼休みになると教室は次第に喧騒に包まれていく。それは、毎日、繰り返される光景だった。 「たまには一緒に飯でも食うか」 隣の席から、陸夫が話しかけてきた。 「いや、遠慮する」 「いいじゃねえか、どうせ1人なんだろ」 「うっさい」 深夜は手で払…

『異常で非情な彼らの青春 #23』 /青春

#23 実のところ、林檎にとって今回の件は殊更慌てるほどのものでもない。 最近はめっきり減ったものの、自分に好意を持つ男子生徒が変なふうにこじらせて絡んでくるといった類のことは、ときどきあった。ある意味では対処にも慣れていた。だから、今回も冷静…

『異常で非情な彼らの青春 #22』 /青春

#22 朝、深夜は林檎と顔を合わせた。お互いの通学路がここから重なる、例の交差点でのことだ。 「おはよう」 「うん、おはよう」 そういえば、ここで遭遇するのはずいぶんと久しぶりのことだった。 彼らの運命が交差した場所――運命と言えば大げさかもしれな…

『異常で非情な彼らの青春 #21』 /青春

#21 校門から出てすぐそばに二人――烏丸深夜と、八重島カナは、塀に寄りかかるように並んで立っていた。 見慣れない取り合わせだからだろう。一体どういう状況だと、彼らを知る生徒たちは横目で様子を伺う。 深夜は他人の目線など気にならない。他人など、ど…

『異常で非情な彼らの青春 #20』 /青春

#20 「僕は林檎にとてもひどいことをした。嫌われて当然だよ」 そこで八重島カナは一呼吸置いて、何かに耐えるように、目を閉じた。 体育館裏の閑散とした空間に二人きり。気がつけば、午後二つ目の授業に突入していた。いっそこのまま、家に帰ろうかとも考…

『異常で非情な彼らの青春 #19』 /青春

#19 寧々――今年の4月、初めて一緒のクラスになった女子だ。 柔らかく顔を綻ばせる姿は、小動物のように可愛いらしかった。この子が林檎へのいじめの中心人物なんじゃないかと疑ったとき、そんなわけないと、何度も否定する自分がいた。 「つまり、カナちゃん…

『異常で非情な彼らの青春 #18』 /青春

#18 林檎が隠していたからということもあるけれど、林檎への嫌がらせに僕が気がついたのは、ずいぶん日数がたってからのことだった。 つまり、それまでの事例は後から聞いた話なのだけど、例えば―― ランドセルの中に毛虫を入れられていたり、とか。 音楽の授…

『異常で非情な彼らの青春 #17』 /青春

#17 一学期の最後の日のことだった。 帰り路。 隣には林檎がいた。 日差しは暑かったけれど、気にならなかった。僕達は子供だったし、何より明日からの夏休みに思いを馳せて、それどころじゃなかったからだ。 この頃になると、僕たちは、すっかり仲良しにな…

『異常で非情な彼らの青春 #16』 /青春

#16 僕が林檎と出会ったのは、小学5年生から6年生に上がるときの、春休み明け――小学校生活最後のクラス替えで、同じクラスになったんだ。 とはいえ、クラス替えも6回目となると、新しいクラスメイトの半数は顔見知りだったし、実は林檎とも以前どこかで同じ…

『異常で非情な彼らの青春 #15』 /青春

#15 カナは表情に、笑みをたたえていたが、どこか、いつもとは雰囲気が違うと、深夜には感じられた。 それは、声のトーンのわずかな違いだったり、瞳の色のくすみ具合だったり――どこか、思い詰めたものが読み取れた。 「聞きたいことって、放課後でもよかっ…

『異常で非情な彼らの青春 #14』 /青春

#14 昼食後の一時。 体育館の裏側の壁とブロック塀に挟まれた、学校の敷地内において死角のようなこのスペースは二人だけの場所だ。他に人がいるのを見たことがなかった。それもそうだろう。ここには、伸びっぱなしの雑草くらいしかない。 林檎は体育館側の…

『異常で非情な彼らの青春 #13』 /青春

#13 夕食のあと、自室で深夜が机に向かって座っていると、背後からドアをノックする音がした。 「入るよー」と言う宣言に返事をする間もなく、言葉通りづかづかと侵入してきたのは、妹の由美だった。 深夜も一応は年頃の男子である。許可なく部屋に入ってく…

『異常で非情な彼らの青春 #12』 /青春

#12 「烏丸君、今日あなたをうちに招待します」 昼休み、藤守林檎は唐突にそう言い放つと、再び本に目を落とした。 場所はいつもの体育館裏。人気はなく、ゆえに今の言葉は深夜に向けたものには違いない。 「……?」 続く言葉はない。話は今ので終わりらしか…

『異常で非情な彼らの青春 #11』 /青春

#11 殺人鬼の顔が鮮血に濡れる。 もっとも、壊れた蛇口のように首から噴射された赤く生ぬるい液体を浴びる以前から、男の顔にはペイントが施されていた。 獣の無慈悲さを感じさせる犬の顔のメイク。そして―― そして、服装は気品のあるスーツ姿。 彼がなぜ、…

『異常で非情な彼らの青春 #10』 /青春

#10 体育館裏での殺人未遂から雑木林での一悶着――藤守林檎いわくロマンティックだったあの一件から1週間後、深夜と林檎の日常にさほど変化はなかった。 昼休みには、並んで弁当を食べ、その後は昼休みが終わるまで一緒に過ごした。林檎は大抵は本を読み、深…

『異常で非情な彼らの青春 #9』 /青春

#9 乱雑に生えた木々の中、藤守林檎は幽霊のように立ち尽くしていた。 虚ろに――森に溶け込んでいた。 足元には、ばらばらになった人形。初めて彼女と会話をした日、この場所での一幕を思い出す。 人形を人間に見立てた疑似殺人。 あの狂気を目撃したことが始…

『異常で非情な彼らの青春 #8』 /青春

#8 昼休みになると、深夜は弁当箱を持って体育館裏に向かった。目的地に到着すると、藤守林檎はすでにンクリートの上に腰を下ろしていた。 「よう」 「や」 なくてもいいような短い挨拶を交わし、隣に座る。 昼休みをここで過ごすようになってから、一週間が…