『異常で非情な彼らの青春 #27』 /青春
#27
『○月✕日
私は殺人鬼。殺したくて殺したくて殺したくて、殺したい。いつだって、今日だって、今だって。きっと生まれたときからこうなんだ。』
女子小学生の日記は、次第にこのような物騒な内容が多くなっていった。もっともこれは、林檎の『影』が書いたものらしい。
ある日、友達になろうと話しかけてきた自分の影。もちろん影が、ペンなど握れるはずはない。影が握ったのは林檎の手だ(それもおかしな話だが)。
影は光源を無視し、ゆらゆらと移動しながら形を変えた。もちろん、影である以上は平面だ。人の形をした暗い平面の手の部分が、日記を書こうとする林檎の手を握って、動かした。そして、このような内容を勝手に書いてしまう――日記に書かれていることをまとめると、そういうことらしい。
もっとも。
影のこのような行動を、幼い林檎自身も楽しんでいたようだった。
『○月✕日
教室の窓からはとめどなく雨が降っていた。初めは普通の雨だったけど、途中から真っ赤な血の雨に変わる。きっと神様が圧搾機で人間を搾っているんだ。ならば私は天の使いになって、そのハンドルを回したい。ゴリゴリときっといい音がする』
「何これ?」笑いながら影に聞く林檎。なんだかわからないけれど、無性に可笑しかった。「素敵でしょ?」答える影。
影が考えたはちゃめちゃな文章に、林檎が突っ込みを入れて笑う――要はそういう遊びだった。
特にこの日、影が考えた日記は林檎にとって痛快だった。
『○月✕日
学校の帰り道、歩いている寧々ちゃんを後ろから襲撃した。草むらに引きずりこんで馬乗りになる。お腹にナイフを突き刺すと、ヒキガエルの鳴き声ような変な音が喉から漏れた。ナイフでお腹の中をかき回すと、寧々ちゃんは白目を剥き、口から赤い泡を吹いた』
密かなストレス発散。
ささやかな復讐。
それに、懐かしい感じがした。ほんの数ヶ月前まで持っていたこそばゆい温もり。誰かと、分かち合い、誰かと笑う――相手は影で表情など見えないので、向こうがどんな顔をしているかはわからないけれど――それは、ひとりじゃない証明。
でも、
でも、
でも、
でも、
でも!
『でも、影さん、あなたは本当の友達じゃない』
影が、林檎の手を動かす。日記上の問いなのだから、日記上で答えるということだろう。
『どうして、そんなこと言うの?
だって、わかってる。あなたは、所詮私の妄想だもの。
妄想じゃないよ。私はここにいる。ここにいて、あなたの助けになりたいと思っている。
なら、あいつらを殺してよ! 日記の中だけじゃなくて、文字の中だけじゃなくて、妄想の中だけじゃなくて、実際にあいつらを殺してよ!』
・・・・・・
林檎は3学期に入ってから、カナにもらったリボンをつけて登校していた。始業式の日に、それを付けて、カナと仲直りをするつもりだったが、カナは冬休みの間に引っ越してしまっていた。それ以降、毎日リボンをつけ続けていた。どこかで、彼女とつながっていると思いたかった。そのリボンは友情の証だったから。
ただ、不注意だったと言わざるをえないだろう。汚したくないという理由で、体育のときはそれを外していた。体操着に着替えるときに脱いだ服と一緒に机の上に置いていたのだ。本当に大事なものなら、ずっと肌見放さず、持っておくべきだった。
ある日。体育の授業が終わって戻ってくると、リボンが細切れにされていた。ハサミでザクザクと切られた感じだった。
誰がやったのかはわからなかった。誰かがやったのだろう。しかし、そんなことは重要ではなかった。
大事な思い出が、引きちぎられたような気がした。
カナとの関係が、断ち切られたような気がした。
際どいバランスで保たれていた心が、折れる音が聞こえた。
『もう疲れたよ。ちっともうまくいかない。何もかも嫌だ。みんな嫌い。大嫌い。でも、死ぬのは怖い。生きるのは辛い。誰か代わってよ。
何だろう。影さんが話しかけてきた。私を心配してくれている。暗い平面に色がつき、うっすらと顔が浮かんで見える。それは私と同じ顔だ』
それが、孤独な少女がささやかな幸せを願った日記の最後のページの記述だった。
◇
深夜は日記を最後まで読み終えた。どれくらい時間が経っただろう。公園のベンチは固く、尻が痛かった。
パタンと本を閉じ再び表紙が上に来る。表紙にはマジックでこう書かれていた。
『私を見つけて』
そして、深夜は、いつかの雑木林に向かう。初めて林檎の本性を覗き見た場所。初めて林檎と言葉を交わした場所。林檎が自分を待っているのなら、そこである可能性が一番高い。二人に関連する場所は、もとより数えるほどしかない。
土を踏みしめ木々の間を進む。季節は冬に移ろうとしていた。以前訪れたときに比べ、随分と寒い。シンと冷えた空気が肺に刺さる。
あのときと同じ場所に彼女は立っていた。
「藤守!」
「深夜……『私』は見付かった?」
「ああ、見つけたよ。君は……」
それは、深夜にとっては不都合な答え。
「君は、『藤守林檎』じゃないんだろう?」
彼女はすっと目を細めた。