『異常で非情な彼らの青春 #17』 /青春
#17
一学期の最後の日のことだった。
帰り路。
隣には林檎がいた。
日差しは暑かったけれど、気にならなかった。僕達は子供だったし、何より明日からの夏休みに思いを馳せて、それどころじゃなかったからだ。
この頃になると、僕たちは、すっかり仲良しになっていた。
初めて話しかけた日から、どれくらいの時間がたっただろうか。
数えればまだ、1ヶ月程度だったが、感覚としてはずいぶん昔からお互いを知っていたような気がした。
幼馴染みのように。
姉妹のように。
当たり前に、僕たちは隣に並んぶことが普通になっていた。
「ね、今日、お昼から家、行っていい?」
「家って、誰の?」
僕の提案を受けて、林檎はきょとんとした表情を浮かべるた。
「林檎の家に決まってるでしょ」
「わ、私?……私、学校の子を家に呼んだことない……」
「あーそうなんだ。まあ、友達なら普通だよ」
「友達……」
顔を赤くしてはにかむ姿に、胸がきゅんとなった。
確かに彼女はコミュニケーションがあまりうまくはなかった。だけど、仲良くなってみると普通の子だとわかったし、普通に可愛い女の子だった。
「それに、明日から夏休みだから。外でばっかり会えないよ。これからどんどん暑くなるしね」
「そだね。うん。わかった」
僕たちは林檎の家の前で別れた。そして、いったん家でお昼御飯を食べてから再び林檎の家を訪れた。林檎の部屋は2階にあった。
「ふーん」
「そんなじろじろ見られると恥ずかしいよ」
「うーん。林檎の匂いがする」
「変なこと言わないで」
困った表情を浮かべる林檎。だって、本当のことなんだもの。
「じゃあ、何しよっか。テレビゲームとかないの?」
「……ない」
というか、テレビ自体がなかった。
「林檎はいつも、どうしてるの」
「本とか読んでる」
「ああ――」
部屋の角には大きな本棚があった。
「一緒に読む? おすすめはね――」
並んで黙々と読書する姿を想像する。あまり楽しくなさそうだった。活字の本なんて、国語の授業で十分だ。
「却下」
「残念……」
「そんなことだと思っていろいろ持ってきたんだ」
いろいろといってもカードゲームや小さめのボードゲームくらいしかなかったけれど。実際は何でも良かったんだ。テレビゲームでも、囲碁でも将棋でもトランプでも。
二人で一緒に遊べるのなら。
「ね、林檎。ちょっと目つむってよ」
一息ついたところで、僕は林檎にそう、促した。
「え?」
「早く」
困惑しながらも言われた通りに、ぎゅっと目を閉じた。
僕の指が線の細い髪に触れると、林檎は首をすくめた。
「くすぐったいよ」
「じっとしてて、すぐ終わるから」
「うん」
「 できた。もう、目、あけていいよ」
「うん」
「こっち」
部屋にあった姿見の前に連れていく。
「あ――」
鏡に映る林檎の頭には、赤いリボンが巻かれていた。
「可愛い! お姫様みたい。絶対似合うと思ったんだ」
「これは?」
「プレゼントだよ。友達になって、1ヶ月記念。友情の証だよ」
「……ありがとう。友達からプレゼントを貰うなんて初めてだよ」
放心したような表情でリボンを撫でる林檎――僕は、後ろから抱きついた。
「わっ。何? カナちゃん」
「ねえ、林檎。僕たちはずっと友達だよ」
「ずっと?」
「そう、ずっと」
「中学生になっても?」
「もちろん。高校生になっても。大人になっても。私たちの友情は不滅なのです」
何だか照れ臭くなって、最後の方を大袈裟に言って茶化してみた。
「うん。不滅なのです」
林檎が真似をする。顔を見合せ、二人して破顔した。
「でも、ずっと一緒にいたら喧嘩もしちゃうかもね」
と、僕は言った。
「そうなの?」
「そういうものだよ。本当の友達は、何でも言いたいことを言える関係のことだからね。そりゃ衝突することもあるよ」
それは、僕が憧れた、親友と言えるような関係だった。
「そうなんだ。どうしよう」
「大丈夫、仲直りの言葉を決めておこう」
「仲直りの言葉?」
「それを言えばたちまち仲直り」
「すごい。何て言葉?」
「何てことないよ。それはね……」
そして、夏休みが始まった。
僕たちにとって、特別な夏休みが。
もちろん僕は他の子に誘われて遊ぶこともあった。でも、やっぱり、林檎は他の子とは違う。林檎との時間は特別だった。
僕たちは、躊躇いなく親友と言えるようになっていた。
その夏、僕たちは、確かに笑い合っていたんだ。
そして、新学期が始まった。
どうして――
ねえ、どうして幸せな時間というのは長く続かないのだろう。
映画や漫画のシナリオのように、困難が待ち受けてなくてはいけないのだろうか。
波乱が起きないといけないのだろうか。
今が幸せで、ずっと幸せなだけだといけないのだろうか。
新学期になると、クラスの女子による林檎へのいじめが始まった。