『異常で非情な彼らの青春 #16』 /青春
#16
僕が林檎と出会ったのは、小学5年生から6年生に上がるときの、春休み明け――小学校生活最後のクラス替えで、同じクラスになったんだ。
とはいえ、クラス替えも6回目となると、新しいクラスメイトの半数は顔見知りだったし、実は林檎とも以前どこかで同じクラスにになったことがある気もした。だから本当は、6年生の時に出会ったというのは、少し語弊があるのかもしれないけれど――
だけど、これまで同じ学校の同じ学年にいながら、もしかすると同じクラスにいながら、親しくしたどころか、会話をした記憶もなかったんだ。もっとも、それは、偶然というわけではなく、おそらく原因は、彼女の性格にあったと思う。
暗いやつ――それが、林檎に対して僕がもつ、唯一の印象だった。
友達とかいるんだろうか。
新学期が始まって数週間たっても、彼女が誰かと仲良くおしゃべりをしている姿を見たことがななかった。
僕にはそういうスタンスっていうの? ――が理解できなかった。僕自身は、友達というものに困ったことがなかったからね。
そう。
僕にはいつも、周りに友人がいた。
常に僕はどこかのグループに所属していたし、大抵は、複数のグループのメンバーだった。
ほら、そうすれば、友達なんてたくさんできる。友達ってそういうものでしょう? だから、ひとりぼっちでいるなんて、そっちのほうが難しいよ。
うん。そうだね。
実は僕も、どこか、違和感を覚えたが、気のせいだと思っていた。だって実際、僕はたくさんの友達に囲まれて、幸せだったから。
幸せだと思っていたから。
林檎は6月を過ぎる頃になっても教室の隅のほうで、まあ席の位置については、くじ運の問題なんだけど、とにかく一人で本ばかり読んでいた。
ほんの気まぐれだったんだよ――あの日の放課後、僕が林檎に話しかけたのは。
「藤守さんって、どうしていつも、一人なの?」
彼女は慌てた様子で言葉を詰まらせた。
「あの、あの……」
恐らく、人から話しかけられることなんてほとんどないから、どう反応したらいいか、わからなかったのだろう。
つまらないやつ。これじゃあ、友達なんてできっこない。
そう思った。
後ろのほうから、声がした。
「カナちゃん、帰ろ」
「うん」
寧々だった。
初めてこのクラスで一緒になり、仲良くなった子だ。ふわふわした雰囲気で、どこか、子犬を思わせる子だった。僕は彼女に妙になつかれていた。
だいたいいつも、帰る方向が同じ子たちとグループを作り、下校していた。同じクラスとは限らない。寧々もそのメンバーのうちの一人だった。
違和感。
その正体に、たぶん僕は気がついていた。
大勢の友達がいるようでいて、彼女たちは大勢でしかないのだ。その他大勢。みんながみんな浅い関係。深く――それこそ、親友と言える、存在が、私にはいなかった。
寧々の呼ぶ声に応じて行こうとして、あるものが目にとまる。
「それ」
林檎は帰宅しようと、ランドセルを机の上に置いて、中身を整理していた。そのランドセルにキーホルダーがつけられていた。
スーツ姿の男のようでいて、顔は犬だった。いや、犬そのものの形ではなく、形は人間の頭部なんだけれど、模様というか、犬のようなペイントがされていた。
説明するとなんとも珍妙なんだけど、僕はそのキャラクターを知ってた。
その頃夕方にやっていた『少年探偵ソウタの事件簿』というアニメに出てくるキャラクターで、実は残忍な殺人鬼なんだ。
あー、知ってる?
そうそう。最近テレビで再放送をやってるやつだ。
このアニメを見るたびに、僕はこの頃のことを思い出すんだ。
「へ?」
林檎は間の抜けた声を漏らした。
もう、僕との会話は終わったと思っていて、意表をつかれたようだった。
「ソウタに出てくるやつでしょ、それ。藤守さんも好きなの?」
「うん……面白いと……思う」
初めて会話が成立した瞬間だった。
「だよね。みんな、わかってくれないんだよね、あれ」
僕は刺激があって面白いと思うのだが、周りの女子で共感してくれる子はいなかった。
「ね、一緒に帰ろうよ。もっと話がしたい」
僕は親近感を感じて、そう提案していた。
「えっ……と……」
林檎はきょとんとしていた。
一緒に帰ろ。
たったそれだけの言葉に。
僕にとっては特別な言葉ではない。これまでも何百回と言ってきた言葉に。
「カナちゃん、早く帰ろうよ」
急かす寧々の声。
「ごめん、今日はこの子と一緒に帰るよ」
「えー、そーなんだ」
罪悪感をくすぐる、抗議するような、悲しそうな声だったが、それ以上は何も言わずに教室を出て行った。早くしないと彼女も置いていかれることになる。
「さ、いこ」
僕は、机の上にちょこんと置かれた手を引いた。
林檎はその手を見つめて、控えめな笑顔を浮かべて、頷いた。
その顔が可愛くて、だからだろうか、予感がしたんだ。
彼女とはきっと仲良くなれる。その他大勢じゃない。他の子よりももっと――それこそ、親友と言えるくらいに。
そんな気がしてたんだ。