2019-01-01から1年間の記事一覧
#4 「そんなもの、冷蔵庫に入れてんじゃねえよ!」 もっとほかに言うべきことがあるような気もしたが、出てきた言葉がそれだったので、仕方がない。
#3 ああ、良かった。 出掛けるときの前のフリもあったから、てっきり、大怪我でもしたのかと思った。 メノウが無事でほんと良かった。 「って、良くねえよ! 人を殺したって、それどういう意味だよ!」 「どうって……そのままの意味だよ」 「そんなわけあるか…
#2 イラストと言っても、そんなに大層なものではない。専用のペンを持っているわけではないし、パソコンも使わない。鉛筆とノートしか使わない落書きだ。 描くのは大抵、漫画に出てくるような女の子のキャラクターで、あの日も同じだった。 気が付いたら目の…
#1 夕日が沈みかけた頃に帰宅した。 古いアパートの一室。鉄製の扉を開けると、一畳もないくらいの狭い玄関が現れる。 造り付けの小さな靴棚の上部には平らな面があり、小物を置くのに適している。僕は後ろポケットからバタフライナイフを取り出し、そこに置…
#2 世界は終わりに向かっていると言われているが、僕から見ればそんなものはすでに終わっている。 世界は同じ条理、同じ法則、同じ理屈が続くことを前提に形作られている。 あれが破壊したのはその前提だ。世界は土台から崩れ去り、今あるのは残像のようなも…
#1 僕らは、あの日終わってしまった世界を生きている。 ◇ 「あれに殺されることは、救いなのよ」 朝食の席、すでにパジャマから黒いセーラー服に着替えた妹は、世間話でも始めるかのように呟いた。 いや、彼女にしてみれば真実世間話のつもりだったのかもし…
金属製の扉が開く音が聞こえた。 それは、俺のご主人が帰宅したことを意味する。喜び勇んで玄関に駆けつけると、彼女は上がり框に腰掛け、靴を脱いでいるところだった。 「ただいま。豚野郎」 彼女は目を細めて、俺の頭を撫でた。 俺は腰元あたりまで垂れ下…
#8 さようなら ハルが笑っていた。 彼女らしい、周りまで明るい気持ちにさせる屈託のない笑顔。 これは、いつの記憶だろう。 ハルの隣には私がいた。ハルの冗談に顔が綻ぶ。ハルは花が咲くように破顔する。 今は遠いかつての二人。こんなふうに笑い合ってい…
第7話 失ったもの 「ハ……ル……?」 ベッドを降りてその場に立つ。本当は今にも掴みかかりたい気分だったが、体力が付いていかなかった。 「久しぶり」 ハルは引き戸を閉めてから声を発した。そして、そこから動かず、俯き加減て私を見つめていた。その表情は…
#6 決意 騙された。 ハルの嘘つき。彼女は体を返すつもりなどなかったのだ。 もっとも、彼女の気持ちも少しはわかるつもりだ。たった一週間でも、その苦しみを体感したのだから。この終わりの来ない悪夢のような不安からは、そりゃあ、逃げたくもなるだろう…
#5 理由 ハルと体を交換してから、一週間が経過していた。 あれからハルは一度もこの病室を訪れていない。 もう一日だけ体を使わせてほしいと言って去っていった次の日の晩、面会時間の終了時刻を過ぎても現れなかったハルに連絡を取ろうと、彼女のスマホを…
第4話 車椅子の少年 ハルが行ったあと、ベッドの上でしばらくぼうっとしていた。 テレビが備え付けられていたが、見る気にはなれなかった。たぶん、テレビカードを使うのだろうが、それがどこかにあるのか、また、あったとしても勝手に使っていいのかどうか…
#3 お願い あり得ない。 何かの間違いだ。 否定の言葉がぐるぐると頭の中を回る。 私はかつてなく混乱していた。とにかく状況を把握しよう。いや、実のところはわかっている。わかっているからこそ混乱しているのだ。それは、あり得ないことだから。 ああ、…
#2 おまじない エレベーターを降りると病棟の独特な臭いが鼻をついたが、いつものことだ、特に気にならない。私は慣れた足取りで廊下を進んだ。 ハルの病室の前のネームプレートには「南沢春」と一人分の名前が書かれていた。一人分。つまり個室だ。 他の部…
#1 いい人 教室を出たところで呼び止められる。振り返ると、薄ら笑いを浮かべた女子の姿があった。 彼女は友達――いや、友達だと思っていた子。 手には箒が握られている。嫌な予感がした。 「何かな......?」 「これ、代わってくれないかな?」 「えっと、何…
#2 少年の体から男が離れる。 もう、暴れる心配はない。 男は、大きく息を吐きだし、手に持っていたものをテーブルの上に置いた。ドライバーと、少年の頭から抜き取ったネジだ。 少年は、依然として椅子に座っている。前傾姿勢で硬直していて、腕も背中の後…
#1 「……それで、結局のところ君はなぜ、お母さんにあんなことをしたの?」 白衣を着た女はテーブル越しに座る少年に、穏やかな表情を浮かべて言った。 対して、少年は浮かない顔。無理もない。この質問は、これで3度目だった。 どうして、こうも話が通じな…