がらくたディスプレイ

趣味の小説置き場。どこかで誰かが読んでくれると幸せです。

全2話『偽りと少年 #1』 /ホラー

 

#1

 

「……それで、結局のところ君はなぜ、お母さんにあんなことをしたの?」
 白衣を着た女はテーブル越しに座る少年に、穏やかな表情を浮かべて言った。
 対して、少年は浮かない顔。無理もない。この質問は、これで3度目だった。
 どうして、こうも話が通じないのか。
 自分は丁寧に説明しているつもりなのに、まるで伝わらない。いや、伝わってはいるのだが、それが女が期待する内容ではないということだろう。
 もう、うんざりだ。
 テーブルと椅子が置かれたその部屋は、少年には取り調べ室のように思えた。
 きっと、女の納得する答えを返すまで、この取り調べは続くのだ。
 とはいえ、何度聞かれようとも、話す内容は同じだ。少年は、今日3度目となる台詞を口にした。
「お母さんがロボットであることを確かめるためだよ」
「お母さんはロボットなの?」
「そうだよ」
「それが、お母さんの頭にドライバーを刺そうとした理由?」
「刺そうとしたんじゃないよ。ネジを回して開けようとしたんだ」
「開けるって何を?」
「頭だよ。ネジを外すと、パカッて開くんだ」
 なるほど、と白衣の女は頷いた。
「では、なぜ君はお母さんがロボットだと思ったの?」
「急に動かなくなったんだよ」
「動かなくなった?」
「うん」
「どこで?」
「家で」
「家のどこで?」
「廊下でだよ。気が付いたら廊下でマネキンのようにピクリとも動かず立ち尽くしてたんだ。呼んでも、手を引いても反応がなかった」
「そう、それは変ね。でも、だからといって、それだけでお母さんがロボットだと言えるかしら。何かの病気でそうなっているのかもしれないわ」
「それだけじゃない。音がしたんだ。ウイーンていう機械音や、ピッ、ピッっていう電子音が」
「音はどこからしたの?」
「お母さんの中からだよ」
「それから?」
「僕は怖くなって、強く揺すってしまったけど、それは失敗だった。お母さんはバランスを崩して、物凄い音をたてて床と激突したんだ」
「お母さんは目を覚まさなかったの?」
「うん。それでも、お母さんは無反応で、立ってたときと同じポーズで床に転がってたんだ。痛がりもしないし、声もあげない。目は見開いたままで、まばたきもしなかった」
「なるほど。それは少し様子がおかしいわね」
「そう。だから僕は思ったんだ。お母さんは実はロボットで、何かの拍子に故障したんじゃないかって」
「それから、どうなったの? お母さんはそのまま?」
「ううん。次の日の朝、目が覚めると、お母さんは元に戻ってた。キッチンで朝御飯の準備をしていて、僕を見ると、おはようって言ったんだ」
「つまり、夢だったということではないの?」
「夢じゃないよ」
「どうして、そう言い切れるの?」
「夢と現実の区別くらいつくよ」
「そう。じゃあ、お母さんが動かなくなったとき、お父さんはどうしてたの?」
「ソファに座ってテレビを見てたよ」
「お母さんの異変に気付いていなかったの?」
「うん」
「大きな音をたてて廊下で倒れたのに?」
「うん。僕が、お母さんが変なんだって言っても、意味がわからないといったふうで、相手にされなかった。まるで、お母さんが横に座っているかのように、宙に向かって話しかけてた」
「お父さんには、別のお母さんが見えていたのね。そして、廊下で倒れているお母さんのことには気が付かなかったと。でも、そんなおかしな状況があり得るかしら」
「きっとお父さんは、お母さんがロボットだっていうことを僕に悟られまいと演技してたんだ」
「それなら、もっとうまくやるんじゃないかしら。病院に連れていくと言って動かなくなったお母さんを家から連れ出すとか。気が付かない振りをして放置しておくというのは、さすがに無理があるでしょう」
「そうだけど」
「やっぱり、君の思い過ごしじゃないかしら。もしくは、夢を現実と思い込んでいるとか」
 そう。つまり白衣の女は、母がロボットだという少年の推測が間違いであると思い込ませたいのだ。
 少年は理解する。
 それが、この問答が終わらない理由だ。この女は初めから、自分の言い分を聞く気などない。
 少年はあの出来事が夢や妄想でないことは確信している。しかし、白衣の女が言ったように、父の言動まで含めると、おかしな点があるのも確かだ。
 少年は考える。
 お父さんは、真実を隠しているわけではないのか? もしかして、お父さんも本当のことを知らないのかも。
 では、どういうことになるだろう。
 少年の頭にあるアイデアが浮かんだ。
「わかったぞ。お父さんもロボットだったんだ!」
 そこで、終始にこにこしていた白衣の女は顔をしかめ、ため息をついた。目には失望の色が浮かんでいる。
「妄想がどんどん飛躍していっているわ」
「妄想じゃないよ。お母さんもお父さんもロボットだったんだ!」
「これは駄目ね」
 白衣の女が手をあげると、部屋に男が入ってきた。
 少年は、椅子に座ったまま男に組伏せられる。両腕を後で固定され、身動きが取れない。
「何をするんだ!」
 抵抗を試みるが、男の力は強く、びくともしない。
「痛いのは最初だけだから。すぐ楽になるわ」
 白衣の女がそう言うと、男は手に持っていた器具の先端を少年の頭に押し当てた。
「あがががががが――」
 少年は奇怪な声をあげたが、頭が開くと、途端に大人しくなり、ピクリとも動かなくなった。