がらくたディスプレイ

趣味の小説置き場。どこかで誰かが読んでくれると幸せです。

『偽りと少年 #2(最終話)』 /ホラー

#2

 

 少年の体から男が離れる。
 もう、暴れる心配はない。
 男は、大きく息を吐きだし、手に持っていたものをテーブルの上に置いた。ドライバーと、少年の頭から抜き取ったネジだ。
 少年は、依然として椅子に座っている。前傾姿勢で硬直していて、腕も背中の後ろで不自然な形に捻れたままである。
 表情もまるで時間が止まったようだ。
 驚きと恐怖。
 怒りと戸惑い。
 大きく開かれた目。
 口の端から垂れたよだれ。
 ――そして、頭が開いていた。
 後頭部の4分の1程度があらわになっている。頭蓋の中に脳はなく、代わりに、様々な電子部品が詰められていた。
 男は物珍しそうにそれを覗きこむ。
「中身を見るのは初めてです」
「そう。そのうち見慣れるわ。似たようなケースがちょくちょく舞い込んでくるから」
 少年を連れてきた両親は、彼女のことを医者だと思っていた。確かに、この施設の名称には病院という文字がちゃんと入っているし、事実、病院として機能している。
 ここが病院なのは間違いない。ただし、ごく稀に少年のような症状の患者が現れたときに、女の手によって一般的な医療とは別の処置がなされることになる。
「さてと」
 女の左手の人差し指の第二関節より先が、指から分離する。女は指の断面からケーブルを引き出し、少年の頭の中を掻き分け、奥のほうあるパーツに繋いだ。
「気が進まないが仕方がない。記憶を書き換えよう。カウンセリングだけで、事が済めば良かったのだけれど」

「そうですね。それなら、僕も手荒なことをしなくて済みました」

 先程の一幕。女の合図と同時に男が踏み込み、少年の動きを封じる手はずになっていた。
「うん? いや。どのみち君には同じことをやってもらっていたさ。記憶の改ざんが必要かどうかに関わらず、彼のセーフティには不具合があったみたいだからね」
「そうでしたね。そもそもセーフティが機能していれば、彼の母親が故障しても気が付かなかったはずですから。彼の父親のように」
「そうね」
 女は、男と言葉を交わしながらも作業を進めていた。
 単に、母親の故障に関わる記憶データを消せばよいというわけではない。なぜなら、少年が自分の母親をロボットだと主張し正体を暴こうとしたことを、周りの大人たちが覚えている。少年から一連の記憶を消去するだけでは、今度は彼らが違和感を持ってしまう。
 だから、改ざんは巧妙に。世界の歪みはなるべく小さく――。
「しかし、やはり僕には疑問です。なぜ我々は、ここまでしなくてはならないのでしょう」
 男は言った。
「ここまで、とは?」
「自分達の正体が人間ではなくロボットであることに気付かせないように目を配り、気付いた者があれば、記憶を操作するということです」
「不思議なことを言うわね。『人間社会の維持』という目的のためには、世界中の全てのロボットが自分達の事を人間だと信じていなければならない。もちろん、我々のような例外を除いてね」
「いえ、そうではなく、なぜ人類は我々にそのような目的を持たせたのか、ということです。人類はとっくの昔に絶滅しました。自分達が世界から消え失せたあとにまで偽りの人間社会を残すことに、いったいどんな意味があったのか」
「さあ。そんなこと、わからないわ。そして興味もない。我々にとって重要なことは、我々にとっての絶対とは、我々の中に組み込まれた命令そのものなのだから」
 
 数時間後、少年は目覚めた。
「ここはどこ?」
「病院よ」白衣の女は答えた。「あなたはここで検査を受けたの」
「検査……。そうだった。思い出したよ。僕は検査を受けたんだ」
「ええ、そうよ。そして、検査の結果だけれど、何も異常はなかったわ」
「本当に?」
「ええ」
「どこにも病気はなかった?」
「ええ。だからすぐにおうちに帰れるわ。ロビーでご両親が待ってるわ」
「あ……」
「どうしたの?」
「僕、お母さんにひどいことをしたんだ」
「どうしたの?」
「頭にドライバーを突き付けたんだ」
「どうしてそんなことをしたの?」
「どうして?」
「理由があるはずよ」
「理由……。そうだ、夢を見たんだ。お母さんがおかしくなる夢を見て、どうしてだかお母さんのことをロボットだと思い込んで、頭にあるネジを外そうと思ったんだ」
「夢の話じゃないの?」
「夢と現実が混ざってたんだ。お母さんの頭にネジなんてなかったよ」
「そう、夢で良かったわ。それはそれとして」女は目を細めた。「もしもお母さんが本当にロボットだったとしたら、君はどうするつもりだったのかしら?」
「決まってるよ」少年は、子ども向けテレビ番組のヒーローのように胸を張り、
「偽者は許さない」
 澄んだ目で答えた。

 

 

 終