『空想ヒロイン #3』 /ホラー/美少女
#3
ああ、良かった。
出掛けるときの前のフリもあったから、てっきり、大怪我でもしたのかと思った。
メノウが無事でほんと良かった。
「って、良くねえよ! 人を殺したって、それどういう意味だよ!」
「どうって……そのままの意味だよ」
「そんなわけあるか! どういう意味だって聞いてるんだよ!」
「だから、そのままの意味だって言ってるでしょ! 耳に泥でも詰まってんのか!」
「……よし、一旦落ち着こう」
「君が、落ち着け」
「ちょっとここに座れ。いや、その前に服着替えろ」
メノウはいったんシャワーを浴びることにした。服にべっとりと付着した汚れは、内側にも染みているだろうし、腕や顔などの露出している部分にも飛び散っていた。
仮にだが、メノウの言葉をそのまま信じるとすれば、それは、人間の血液が乾いたものだということだ。
血。
返り血――ということだろうか。一体何があったのか。とにかく話を聞いてみなければ――
少しして。
僕たちは向かい合う形で床に座っていた。メノウは部屋着に着替えていた。
「えへへ」
「……何だよ、その笑みは」
「いや、どういう顔していいかわからなくて……」
「じゃあ。とりあえず、話を聞こうか」
「うん」
「一体、何があったんだ?」
メノウはどこから話せばよいかと少し考え、
「絡まれたんだ、公園で」
と、端的に答えた。
「公園?」
なぜか――公園という言葉に引っ掛かった。
「そう、公園だよ。コンビニに行くのに、そこを通り抜ければ近道だったから――コンビニでプリンを買って、帰りに、その公園で呼び止められたの」
「自転車だったんだろ?」
「そだよ」
「呼び止められて、律儀に止まったの?」
「うん」
「不用意だな。夜の公園って、よくガラの悪い連中がたむろしてるっていう話、聞いたことがあるし」
先に――それこそ、メノウが出掛けることになった時点で言えという話だが、今思い出したのだからしょうがない。メノウもそこはスルー。
「うーん。じゃあ、そういう人だったのかも。連中じゃくて1人だったけど、うん、確かにガラは悪かったよ。それで、その男に絡まれたの」
ナンパのようなものだろうか。それとも、もっとたちの悪い何かか。
「はっきり言ったんだけどね、何度断ってもしつこく絡んでくるの。あまりにもしつこいから、思わず刺しちゃった。終わり」
終わりらしかった。
メノウは俯き加減で顔を赤らめていた。
「いや、わからねえよ! どうしてそんな展開になるんだ? そして、どうしてそんな照れ笑いみたいな表情になるんだ?」
「だから、しつこかったからだよ。正当防衛、わかる? あと、照れ笑いは愛きょうです」
「聞く限り、正当防衛と言えるほど酷いことはされてないと思うけど……」
「されたわよ、不快だったもん!」
「不快なだけで人を刺しちゃ駄目だ! ん? いや、この際どうでもいいことかもしれないけど、刺すって、何を使ったんだ?」
台所とかなら包丁とかあるだろうが、公園に凶器となるようなものが転がっているだろうか。木の枝とかじゃ人は殺せないだろうし。
「あれだよ。ほら、君がいつも持ち歩いているバタフライナイフ。玄関に置いてあったから、護身用に持って行ったんだ。ああ、良かった。護身になった。大事だよね護身」
「護身という言葉を連呼して、正当防衛を強調するな!」
――待てよ。
少し話を整理しよう。
不快だったから、というのはともかくとして、男に詰め寄られて、思わず、携帯していたナイフで身を守ったというのは、まあ理解できなくはない。
思わず、ナイフで刺した。
思いかけず、ナイフで刺された――しかし、それだけで本当に人は死ぬのだろうか。
今どき、普通は携帯電話を持っているだろうから、メノウがいなくなったあと、救急車を呼んで一命を取りとめたということは、十分にあり得る。
「いや、それはないね」
しかし、メノウは否定する。
「何で断言できるんだ?」
「刺した後に、私がそのまま慌てて立ち去ったみたいなイメージで言ってるけど、そうじゃないから」
「違うの?」
「むしろ、這いつくばって逃げるのを追いかけて、止めを刺しました。私に不快な思いをさせたのだから、当然だよね」
「……」
「それに――」
メノウは思い付いたように立ち上がる。そして冷蔵庫を開け、ガサゴソとコンビニのロゴが入ったビニール袋を取り出した。僕には見覚えがないものだったので、メノウが帰ってきてから入れたのだろう。だとすれば当然、中には待望のプリンが入っているということになる――が、
「ほら、生きたままこういうことはできないでしょ?」
ガサゴソと。
袋をあさり。
掴んだそれらを投げて寄越す。
4、いや5本――床にばらまかれる。
嘘だと思いたいが、うん、まあ、間違いないだろう。
それは、根本から切断された、人間の指だった。