がらくたディスプレイ

趣味の小説置き場。どこかで誰かが読んでくれると幸せです。

『空想ヒロイン #4』 /ホラー/美少女

 

 

 #4

 

「そんなもの、冷蔵庫に入れてんじゃねえよ!」

 もっとほかに言うべきことがあるような気もしたが、出てきた言葉がそれだったので、仕方がない。

「だって、冷蔵庫に入れておかないと腐っちゃうよ」

 ビニール袋の中にはもうひとつ、本来の目的であったプリンが入っていた。メノウはそれを取り出し、ふたを開ける。そして、立ったままプラスチックのスプーンでプリンをすくい、口に運んだ。

「これこれ」

 嬉しそうに目を細めるメノウ。

 僕は視線を床に戻す。戻したくないけど。

 どう見ても本物だった。

 本物の人間の指。

 断面からは骨や血管や、よくわからない繊維が飛び出ていた。

 そんなものを目の前にして、メノウはプリンを食べ始めた。何なら鼻歌混じりに。

 前々から感じていたことだけれど、これではっきりした。こいつ頭おかしいわ。

「食べるなら、これ片付けてからにしてくれよ」

「はーい。じゃあ冷蔵庫――はダメなんだよね」

 メノウはスプーンを口に加えたまま、床に散らばった指をビニール袋に戻し(普通に素手でつまむのだから驚く)、それを部屋の角に積まれている荷物の上に置いた。

 ――少し、説明が必要だろう。

 それらは僕の私物だ。段ボールに詰めた漫画本やら、ゲームソフトやら、まあ、あとは思い出の品というか、何となく捨てられないものとかだ。

 それらは元々押し入れの上段にあった。そして、そこは今はメノウのパーソナルスペースとなっている。

 まあ、それだけの話だけれど、何が言いたいのかというと、僕の所有物の上にそんなものを乗せられると、メノウとは違い真っ当な神経をしている僕としては、とても抵抗があるということだ。

「……やっぱり腐るといけないから冷蔵庫に戻しておいてくれ」

「うん? いいの? わかった」

 ――そして。

 僕たちは再び向かい合って座っていた。

 さて、仕切り直しだ。

「えーと、どこまで聞いたっけ。そうだ。その男が間違いなく死んだというところだな。でも、そこから、どうしてその男の指をお持ち帰りしようなんていう展開になるんだ?」

「いや、それにはいろいろあったんだよ。男に止めを刺したあと、我に返った私は、さすがにまずいと思ったのね」

「ああ、非常にまずいね。気が付いてくれて良かったよ」

「死体をそのままにしておけば、すぐに誰かに発見される」

「だろうね」

「とは言っても、大の男1人をどこかに隠しておくことなんてできっこない。そこで、私は死体を解体して――小さいパーツに別けてから、それぞれを埋めるなり何なりしようと思ったの」

「筋は通ってるけど、そういう発想が出てくることが恐ろしいよ」

「でも失敗した。バタフライナイフ程度じゃ指を切り落とすので精一杯だった。とても死体をバラバラにすることなんてできないと悟ったとき、私は初めて気が動転したわ」

「慌てるの遅くない!?」

「まあ、つまり、焦って指だけ袋に入れて持って帰ってきちゃったってこと。説明終わり」

「まあ、事情はわかっ――いや正直理解に苦しむけれど、言いたいことはわかったよ」

 僕は立ち上がり玄関に向かう。

「どうしたの?」

「ちょっと様子を見てくる」

 安楽椅子探偵じゃあるまいし、話を聞いただけじゃ――自分の目で確かめてみなければ、とても飲み込めない。

 嘘であってほしいと、もしくはたちの悪い冗談であってほしいという気持ちもあった。そんな淡い希望にすがり、僕は自転車のペダルを踏んだ。

 10分もかからず到着する。

 公園の入り口――車止めが設置されている所に、パトカーが停まっていた。赤いランプが非常事態であることを教える。

 僕はその横を平静を装って通り過ぎた。心臓は早く、そして強く鼓動している。

 希望などなかった。嘘でも冗談でもなかった。そりゃそうだ。うちに切断された指があることは事実なのだから。

 僕は、そのまま遠回りして帰宅した。

「お帰りー。どうだった?」

「ああ。もう、警察が来てたよ」

「そう。思ったより早かったね」

 メノウは無表情だった。先程までのおちゃらけた感じはない。

 ああ、そうか。

 もう、終わりなんだ。

 明日か明後日かはわからないけれど、やがては警察がここを突き止めて、メノウは逮捕されてしまうだろう。

 それがわかっていたから。

 だからこそのおふざけ。

 まだ、もう少しだけ、僕たちの楽しい時間が続くようにと。

「なあ、メノウ」

「ん?」

「2人で逃げようか」

「逃げるって……どこへ? 海外?」

「そんな金ねえよ。まあ、行けるとこまでだな」

 メノウと出会って、世界は変わった。この楽しい現実は終わってしまうけれど。

 ――もう少しだけ。


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 僕の提案にメノウは笑顔で応えた。