『空想ヒロイン #5』 /ホラー/美少女
#5
駅の構内は閑散としていた。
もとより、大きな駅ではない。かろうじて小さな売店がある程度の、かろうじて特急列車が停まるくらいの――そのくらいの駅。夜中の10時を過ぎれば、利用者も数えるほどしかいない。
路線も一本しかない。よって、行き先は登るか下るかの2択だ。
「ねえ、どこまで行くの?」
「というより、どこまで行けるか、だな」
なるべく遠く。
この時間から行ける、一番遠い場所へ。
壁に設置されている時刻表を確認すると、今から乗れる特急列車がひとつあった。
券売機で目的の券を2枚買い、改札口を抜け、乗り場に出ると、すでに特急列車が闇に佇んでいた。
指定席は取らなかった。お金が余分にかかるし、この時間だ、自由席も空いていると予想した。そして案の定、たまたま乗り込んだ車両はガラガラ――というか、僕たち以外に乗客はおらず、貸し切り状態だった。
適当なところに腰を落ち着ける。メノウが窓側の席に座り、その隣に僕も座った。
列車がゆっくりと動き出す。メノウは黙って、夜の町並みを眺めていた。
「珍しく、大人しいな」
「それは、私に言っているのかな?」
「ここには、僕たち2人しかいないんだから、メノウに言ってるんじゃないのだとしたら、僕はおかしな奴だ」
「普段からバタフライナイフを持ち歩いてる時点で、かなりおかしな奴だと思うけどね。ていうか、バタフライナイフって。中学生が格好つけて欲しがるやつじゃん」
「放っとけ!」
メノウは続けて何か言いかけて、口をつぐんだ。そして、ため息をつく。
「なんか、さあ。ごめんね、私のせいで……」
「いいって」
「まあ、元はと言えば、君が私のプリンを勝手に食べたことが原因なんだけどね」
「まさかこんな大事になるとはな!」
バタフライ効果じゃあるまいし。
そんなことが殺人事件につながり、果ては逃亡する身になるなんて、いったい誰が予想できるだろうか。
そう、これは逃亡だ。
現実からの逃亡――逃避行。
「まるで……」
メノウは再び夜に視線を戻した。
「これって、まるで、駆け落ちみたいだね」
終着駅を出た頃には、すでに日付が変わっていた。
町は死んだように静かだったが、出てすぐのところにビジネスホテルがあったので、そこに泊まることにした。
フロントでツインの部屋を注文し、代金を支払った後、渡されたカードキーを持ってエレベーターに乗り込む。部屋に到着すると、メノウは2つあるベッドのうちのひとつにダイブした。
「わーい。ベッドだあ!」
バウンドを始める。
「子供か!」
「だって、うちじゃ、いつも布団なんだもん。しかも押し入れの中」
「お前が無理やり占領したんだろ。 もう、遅いからさっさっと寝ようぜ。とりあえず風呂入れ」
「一緒に入るの?」
「そんなことしたこと、今まで一度だってねえだろ」
まあ、不可抗力的に裸を見たことはあるけれど。
メノウ、僕の順番にシャワーを浴びる。備え付けのガウンのようなパジャマを着て自分のベッドに戻ると、すでにメノウはすやすやと寝息をたてていた。
いろいろあったから、疲れていたのだろう。
僕も疲れていた。
ベッドに倒れ込むと、睡魔に襲われた。抗うこともせず、そのまま意識を閉じた。
窓から差し込む光をまぶたの裏に感じ、目を覚ました。
口の端からよだれを垂らして眠りこけるメノウを叩き起こす。何やら文句めいたことを言うメノウを尻目に、僕は荷物をまとめ始めた。チェッククアウトの時間が迫っていた。
ホテルを出る。抜けるような晴天に伸びをすると、ぐうとお腹が鳴った。
近くに、軽食が食べられそうな店があったので、そこに入る。喫茶店の定義はよく知らないが、おそらくそれに該当するだろう。内装は古めかしく、少し野暮ったい。天井の角には、テレビが設置されていた。
好きな席に座っていいとのことだったので、窓際の二人席を選ぶ。中途半端な時間帯だからか、店内はガラガラだったが、無駄にスペースを占拠するのが苦手なので、広い席は選ばなかった。
「そう言えば、2人で外食なんて初めてだね」
「うん? そうだっけ?」
「そうだよ」
考えてみれば、2人で外に出ること自体が珍しいような気がした。
「そっか。メノウは何頼む?」
「君と同じものでいいよ」
「はいよ」
店員を呼ぶ。
僕は、テーブルに立てられていたメニューの中から、サンドイッチとサラダのセットを選んだ。
「これを2つ」
「セットを2つ……ということですか?」
エプロンを着けた女性の店員は、なぜか怪訝そうだった。
「えっと……セットを2つ。問題あります?」
「いえ、セット2つですね」
店員はそそくさと退散した。
様子がおかしかったような気がしたが、何だったのだろう。まあ、気にするほどのことでもないか。
少しすると、先程の店員が、料理を持ってきた。サンドイッチとサラダは、同じプレートに盛り付けられていた。そして、そのプレートが2枚、僕の目の前に置かれた。
ん? いや、2つとも僕のはずないだろう。注文した人間に配膳しなければならないというルールでもあるのだろうか。
目の前に2つ並んだプレートを不思議そうに眺める僕を、しかし、メノウは――
なぜか、メノウは哀しげな目でこちらを見ていた。
何だ? 僕がおかしいのか?
自分だけ、状況がわかってないかのような疎外感。
「あのさ、メノウ――」
言いかけところで、
「あ――」
メノウが声を漏らす。視線を追うとそこには、テレビがあった。
ニュース番組は、昨日起きた殺人事件を報じていた。
馴染み深い町の名前。
見覚えのある公園の風景。
指のない死体。
行方をくらましている犯人の氏名――
「え!?」
あろうことか、容疑者としてアナウンサーが読み上げたのは、僕の名前だった。