がらくたディスプレイ

趣味の小説置き場。どこかで誰かが読んでくれると幸せです。

『空想ヒロイン #2』 /ホラー/美少女

 

 

 #2


 イラストと言っても、そんなに大層なものではない。専用のペンを持っているわけではないし、パソコンも使わない。鉛筆とノートしか使わない落書きだ。

 描くのは大抵、漫画に出てくるような女の子のキャラクターで、あの日も同じだった。

 気が付いたら目の前に女の子が立っていた。何のドラマもストーリーも脈絡もなく、唐突に当たり前のようにその女の子は僕の部屋に現れた。

 彼女は知り合いではなかった(そもそも、僕に女の子の知り合いはいない)。しかし、どこかで見たような気もした。

 すぐに理解する。まったく馬鹿げた話だが、確信めいていた。

 きっと僕にしかわからない。彼女の容姿は、僕が紙に描いたキャラクターが現実にいたら、きっとこんな感じといったイメージそのものだった。気の強そうなつり目にツインテール。それに、セーラー服をアレンジしたような服装――

 僕は恐る恐る、ノートを見た。そこにあるはずの、イラストが消えていた。

 

「やっぱり、プリン食べたい!」 

 夕食後、メノウは突然、話を蒸し返した。

「その件はさっき話ついただろ。買ってくるって、今度」

「今、食べたいの! デザートに。ねえ、君、買ってきてよ」

「今から?」

「うん。ひとっ走りお願い」

「何日も冷蔵庫にあったのに、手を付けなかったのはメノウじゃないか」

「ないと思ったら食べたくなる心理ってあるよね」

 メノウは目を細める。

 もう、すっかり日は沈んでいた。

 自転車とはいえ、近くのコンビニまでは、少し距離がある。公園を突っ切って行けば少しは近道になるが――

「やだ、面倒臭い」

 僕は、今回の件の原因が自分にあることを棚にあげた。

「うー。ケチ」

「こんな遅くから出掛けたくない」

「そう――そうよね、君ってそういう奴だよね。もういいよ。私が行ってくるから。自転車借りるね」

 そう言って立ち上がるメノウ。

「名案だ。行ってらっしゃい」

 これで一件落着だ。僕は面倒臭い思いをしなくてすむし、メノウはプリンを食べられる。

「……」

「……」

「引き止めてよ!」

「え? どういうこと?」

「普通、そうでしょ」

「どうして?」

「こんな時間に、女の子が1人で外出するのは危険だからよ」

「そうなの?」

「そうよ」

「メノウから自分で行くって言ったのに、おかしくないか?」

「君がさわやかに、『やっぱ俺が行くよ』って言い出す展開を期待したの!」

 ちなみに僕の一人称は『僕』だ。

「そんな展開にはならない。理由は面倒臭いからだ」

「君ってさあ、女の子に対する優しさとか気遣いが欠けてるよね。だから彼女いないのよ」

「放っとけ」

「だから童貞なのよ」

「放っとけよ!」

 スタスタと玄関に向かうメノウ。僕はリビングでくつろいだままだが、狭いワンルームだ。会話に支障はないし、顔も確認できる位置関係だった。

「ここで私を行かせたことを後悔するがいいわ」

 振り返り、そんな捨て台詞めいたことを言う。もういい、さっさと行ってしまえ。

「大丈夫だ。なんだかんだ言ってここ日本だし」

「最悪だね、君。脳ミソにカビ生えてるんじゃないの?」


f:id:sokohakage:20191213233121j:image

 

 ふん、と鼻を鳴らして、今度こそ出ていくメノウ。ばたんと、扉が閉まる。

 それにしても。

 何だか、ひどく疲れた。

 痺れるような眠気が全身を支配する。目を閉じると、すぐに意識は暗闇に沈んでいった。

 

 これは、夢だろうか?

 僕の意思とは無関係に、視界だけが暗い路地を移動していた。街灯はまばらで、路地の至るところが闇に覆われている。

 よく見ると、視界の下方には2本の腕が伸びていて、両手はハンドルを握っていた。ハンドルは自転車のもので間違いないだろう。後方に流れていく景色は、歩くより速く、車よりも遅いくらいのスピードだ。

 これは誰かの眼球を通して見ている景色なのだろうか。

 視界は路地を逸れ、公園に侵入ていく。少し進むと、金髪の男に行く手を阻まれた。いかにも頭の悪そうな男だった。

 男をあしらおうとする女の声。その声は、とても馴染みのあるものだった。

 何だかわからないが、とてもまずい気がした。

 これは、僕が見てはいけない光景だ。

 これは、僕が知っていてはならない出来事だ。

 

 唐突に目が覚めた。汗が背中に滲んでいた。

 部屋は真っ暗だった。

 あれ、僕、電気消したっけ?

 眠りに付く前の記憶がどうにも曖昧だった。

 意識が朦朧としている。何か夢を見ていた気がするが、どうも、うまく思い出せない。

 寝る前は――ああ、そうだ。メノウが、プリンを買うと言って出かけたのだった。部屋が暗いということは、まだ帰ってきていないのだろうか。

 僕は体を起こす。暗闇の中に、ぼんやりと人影が浮かんだ。

「うわっ! びっくりした。何だ。メノウか? 何でじっとしているんだ?」

 僕はベッドから降りて、手探りで電気のスイッチを探す。

 シーリングライトの光が、部屋を白く照らす。

「ひっ!」

 僕は悲鳴をあげた。

 人影はやはりメノウだった。ただし、いつもの可愛らしいデザインの白いブラウスが、赤黒く汚れていた。

『こんな時間に、女の子が1人外出するのは危険だからよ』

 出掛ける前にメノウが言った言葉が蘇る。背筋に冷たいものが走った。

「どうした!? 怪我したのか!?」

「ううん。怪我はしてない。大丈夫……」

「じゃあ、一体これは――」

 気が動転して悪い想像をしてしまったが、メノウは特に痛がったり、苦しがったりしているわけではない。

 案外、血液とかじゃなく、なぜか夜中に外壁を塗装していた風変わりな人からペンキをぶっかけらたとかいうオチかもしれない。

 メノウは照れたように笑って――

「私、人を殺しちゃった」

 ペロッと赤い舌を出した。