『異常で非情な彼らの青春 #18』 /青春
#18
林檎が隠していたからということもあるけれど、林檎への嫌がらせに僕が気がついたのは、ずいぶん日数がたってからのことだった。
つまり、それまでの事例は後から聞いた話なのだけど、例えば――
ランドセルの中に毛虫を入れられていたり、とか。
音楽の授業で使うリコーダーが、便器に捨てられていたり、とか。
持ち物へのいたずらのほかにも、数人に囲まれて悪口を言われたり、とか。
林檎が言うには、それらは新学期が始まって少ししてから始まったようだ。
なんてことだ。
親友だなんて言っておいて。
校舎の裏側の蛇口で、上履きを洗う林檎を発見したときには、嫌がらせが始まってから数週間もたっていたんだ。
僕は林檎から上履きを取り上げ、代わりに水で洗った。上履きの奥に手を突っ込むと、ぬるっとした何かに指が触れた。引きずり出すと、赤黒い紐状の物体が出てきた。きっと、魚の内蔵か何かだろう。
僕は林檎に、こんなことをするのは誰なんだと問い詰めた。
返ってきた返事は『誰でもない』というものだった。納得がいかない私に対して、誰かじゃなく『みんな』だよ、と、林檎は続けた。
みんな。
呆然とする林檎の姿を遠くから見て、ひそひそ笑う数人の女子。メンバーは毎回違うらしい。からんできて、悪口を言うのも同じだ。
かわりばんこの当番制。
一対一ではなく。
多数対一の一方的な攻撃。
これを、いじめと言う。
「先生に言おうよ」
僕の当たり前の提案に、林檎は首を振った。
「きっと無駄だよ」
「どうして?」
「初めてじゃないの、こういうこと」
「……そう……なんだ」
言葉に詰まる。
いじめられるのが、初めてじゃないということ。
「前に先生に言ったとき……」
以下、僕の想像で補っている部分もあるが、林檎の話からすると、概ねこんなところだ。
何年か前にも、林檎はいじめを受けていて、そのことを当時の担任に相談した。林檎の告発に対して、担任教師は面倒臭そうにため息をついたという。
しかし、自分のクラスの児童が、いじめを受けていると主張している以上、話を聞かない訳にはいかない。話を聞き終えると、彼は自分の考えを話し始めた。
担任教師によると、林檎の言う嫌がらせは、林檎の思い違いではないかということだった。林檎は耳を疑った。説明が足りなかったのかと思い、さらに詳細に説明した。
すると教師は、もし、それが本当だとしても、そういうことをされるほうにも原因があるのではないか、という主張を始めた。林檎は再び耳を疑った。なぜ、被害を受けている自分が責められているのか、理解ができなかった。
その理由を理解するには、彼女は幼なすぎた。当時の担任教師にとって重要なことは、いじめを解決することではなく、面倒ごとを抱え込まないことだった。
かといって、児童の告発を無視することもできない。なので、初めは、問題自体がないのだということにしようとした。そして、次は問題があるのだとすれば、それは個人に帰属するものだと、言いくるめようとした。
集団を変えるよりも、個人を黙らせる方が楽だからだ。
教師というものが皆誠実な人間であると信じていた子供にとって、その態度は、どれだけ傷つくものだったか、想像にかたくない。
「でも、私にも原因があるというのはきっと本当のこと。だから、ずっと大人しくしていたんだ。目立たないように。また、いじめられないように」
それが、彼女が一人ぼっちだった理由。怒りが込み上げる。僕は食い込むほどに拳を握っていた。
「大丈夫だよ。私にはカナがいるから。カナさえいてくれれば――」
力なく笑顔をつくる。
僕が好きなのは、こんな笑顔じゃない。
やっと、普通に笑えるようになったんだ。
明るくなったんだ。
そして、可愛くなった。
この前なんて、男の子に告白されたりもしたのに。
なのに。
また、笑えなくなるのか。
先生に頼ればと、僕は思う。今の担任は当時の担任とは別の人なのだから。
でも、また、林檎が同じ目に合ったらと思うと、踏み切れない。
なら、僕がやめさせる。いじめの中心人物がいるはずだ。僕が突き止める。
そして僕は、調査を開始した。幸い、交遊関係は広いほうだったので、いろんな子に話を聞くことができた。
彼女たちが林檎へのいじめに関わっていると思うと、蹴飛ばしたくなったが、そこはぐっと我慢する。情報を集めるために話を合わせ笑顔を浮かべる。
情報――いつ、誰が、誰と、どんなことをしたのか。新しく名前があがった子にも、同じようにして聞いていった。
その結果、見つけた。
みんなの話を統合すると浮かび上がってくる共通項。もちろん、証拠などなく、怪しいというだけなのだが、およそ間違いないだろうという確信があった。
例えば、集めた情報を一枚ずつ透明なフィルムに描いていって、それぞれのフィルムを重ねてみる。そして、何枚も重ねていくと、一部分が黒くなっていくのがわかる――といった、そんな、感覚的なものだけど。
証拠とは言えないけれど。
黒い部分が、確かにあった。
ある日の放課後、林檎に今日は別々に帰ろうと伝えた。林檎は事情を察して、先に帰っていった。
さてと。
私は気を取り直して、別のクラスメイトに話しかける。
「ねえ、今日一緒に帰ろうよ」
彼女は廊下の方を見る。いつも一緒に帰るグループは玄関に向かおうとしていた。
「ふたりで?」
「うん。ふたり」
「一緒に帰るの久しぶりだね。なんか嬉しいよ。カナちゃん、最近、あの子とばかりだったから」
林檎の机の方を見ながら、黒い黒い黒幕――寧々が笑った。