がらくたディスプレイ

趣味の小説置き場。どこかで誰かが読んでくれると幸せです。

『異常で非情な彼らの青春 #19』 /青春

 

 

 #19
 

 寧々――今年の4月、初めて一緒のクラスになった女子だ。

 柔らかく顔を綻ばせる姿は、小動物のように可愛いらしかった。この子が林檎へのいじめの中心人物なんじゃないかと疑ったとき、そんなわけないと、何度も否定する自分がいた。

「つまり、カナちゃんは私を疑ってるんだ。悲しいな」

 帰り道、私の推測を伝えると、寧々は拗ねたように唇を尖らせた。

 そう。

 あくまで推測――だ。

 何かの証拠を押さえたというわけではない。彼女が素直に白状するかどうかが、ポイントだった。

「僕も、寧々を疑いたくはないけれど、そう、思わざるをえないんだ。みんなをけしかけたのは、あなたじゃないの?」

 寧々はいつものように、無邪気に顔を綻ばせた。


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「うん。そだよ」

 と、寧々は軽い口調で肯定した。

 肯定――した。

「まあ、けしかけたっていうよりは、誘導した、のほうが正しいかな。でも、いじめっていうのは、違うよ」

「あれが、いじめじゃなかったら、なんなんだよ!」

 林檎に対する仕打ち(ほとんどは林檎から聞いた話だが)を思いだし、自然と語気が荒くなる。

「だって、悪いのはあの子だから」

「あの子って、林檎? 林檎が悪いって言うの?」

「そ。だからこれはいじめじゃなくて、懲らしめているだけ」

「いや、わからないよ。いったい林檎のどこが悪いっていうの」

「だって、彼女、協調性がないんだもん?」

「え……?」

 協調性?

「あの子、みんなと仲良くできないから……。カナちゃんとは仲がいいみたいだけど、他の子が喋りかけても、無視するし」

「皆と仲良くできなかったら悪い子なの?」

「だって、みんなと仲良くするのが良い子だって、先生が言ってたよ」

 僕は、寧々の返答次第では、烈火のごとく怒りを叩きつけようかと思っていた。それは、自分が正義で、相手が悪だというのが、前提にあったからだ。

 だから、悪いのは林檎だという、予想だにしていなかった反論に面食らい、完全に勢いを削がれていた。

 僕はいつの間にか立ち止まり、寧々と対峙していた。

「でも、林檎は誰もにも迷惑かけてないと思う……」

「いや、優子ちゃんには迷惑かけたよ。この前ね、優子ちゃんが好きな男の子が、藤守さんに告白したんだ。カナちゃんも知ってるよね。優子ちゃんのこと、みんな応援してたのに」

「そんなことが理由でいじめを?」

「いじめじゃないんだけどね――理由はあくまで、みんなと仲良くできないこと、だよ。だから彼女は、優子ちゃんが好きな男の子に告白されるのを、防げなかった」

「それ、林檎のせいじゃないじゃん!」

「だから、そういうことじゃないの!」

 教室では聞いたことがない強い口調。

 そして、すぐに、元の穏やかな表情に戻る。

 ひどく混乱していた。

 糾弾しようという気持ちは、すでに、失せていた。

「林檎への嫌がらせをやめて」

 だから、僕はそう要求した。

 要求だけを言った。

 寧々は人差し指を口にあて、少し考えたふうで――

「わかった。もう飽きたし。あの子も十分懲りたよね」

 言い方に、納得できない部分はあったけれど、いじめをやめてくれるのなら、それでいい。

「でも――」と寧々。「わたしがよくても、『みんな』がどう思うか」

「え?」

「みんなは、もう、あの子のことを悪い子だって認識してるから。だから、私が何もしなくても、『みんな』は、続けるよ」

「そんなの、おかしいよ……」

「わかってないなあ、カナちゃんは。これは、みんな仲良く協調して、正義の見方ごっこをする遊びなんだよ。だから、いじめは楽しいんだ――ああ、いじめって言っちゃったけど、もう、言い方なんてどうでもいいや」

 僕は一連の嫌がらせの中心人物をやっつければ問題は解決すると思っていた。

 でも、犯人は『誰か』ではなく『みんな』だった。

 そして、『みんな』は自分たちのことを正しいと思っていて。

 やっていることは卑劣でも。

 協調すること自体が良いことなら――

「まあ、それでも、そのうち飽きるよ。それより、カナちゃんも気を付けたほうがいいよ」

「僕? 何が?」

「私、そういう空気の変化に敏感なの。『みんな』はカナちゃんのこも良く思ってない」

「そう…………なの?」

「カナちゃんは、藤守さんとばかり、遊ぶようになって、あまり、『みんな』と遊ばなくなった。ちゃんと『みんな』とも仲良くしておかないとね。それに、今回のことで、いろいろ詮索したでしょ。『みんな』分かってるよ。カナちゃんは藤守さんの味方だって。悪者の味方は悪者なんだよ」

 寧々の言う正義ごっこの粛清の対象が僕に?

 寒気がした。

「そんな」

「私は、カナちゃんのことが好きだから、そんなことしたくないけれど、すでに、カナちゃんへのいじめ計画は始まっている」

 自分が被害者になることは想像だにしてなかった。今までは――林檎と親友になる前は『みんな』の中にいたから。『みんな』の一部だったから。

「――てあげようか?」

「え?」

「助けてあげようか? 私から、『みんな』に言ってあげるよ」

 何だか僕だけ逃れようとしているみたいで気が引けるけど。

「……そう、助かるよ」

「じゃあ、『みんな』に言っとくよ、カナちゃんと藤守さんは友達なんかじゃないって」

「え? いや、それは」

 違う。僕と林檎は親友だ。

「え? でも、そうじゃなきゃ、カナちゃんもいじめられちゃうよ。ね、私はカナちゃんを守りたいんだよ。カナちゃんは、藤守さんの『ともだち』じゃないんだよね」

 あまりに愚問だった。だって、あの日、約束したじゃないか。僕と林檎はずっと、友達だって。

「……うん」

 あれ?

「僕と林檎は……友達なんかじゃないよ」

 なに言ってるんだよ、僕。

「でも、あんなに仲良さそうにしてたじゃない」

「彼女、いつも一人だったから、からかってただけだよ。友達のふりしてさ」

 その言葉を口にしたとき、何かが割れる音がした。胸の奥にしまっておいた宝物にひびが入ったような感じだ。家に帰ったらすぐに接着剤でくっつけよう。うまく直るかな……。

 寧々のほうを見ると笑っていた。

 いつものように無邪気に――ではなく、いやらしく、にやにやと。目を弓のように細めて。

 目線は、僕のほうを向いているようで、微妙に視線が合っていない。まるで、僕の背後霊を見ているような。

 吐き気がした。それは、最も最悪な想像――

「親友だと思ってたのはあなただけだったのね」

 寧々の言葉とともに、振り返る。

 なんで?

 なんで?

 なんで――林檎がここにいるの?

 林檎は無表情だった。まるで、顔のパーツをなくしたみたいに。

 いや、悲しむ顔を見たくなくて、絶望する顔を見たくなくて、何よりそんな顔をさせているのが自分だという罪悪感に耐えられなくて、林檎の顔を脳が認識していないだけなのかもしれない。

「……」

「……」

 痛いほどの沈黙。耐えられない。

 何も言えなかった。言うべき言葉が見つからなかった。

 いや、こういうときこそ、言うべき言葉があったはずだ。

 あれ? 出てこない。あの日、決めておいたじゃないか。

 ……駄目だ。思い出せない。

 仲直りの言葉ってなんだっけ?