『異常で非情な彼らの青春 #20』 /青春
#20
「僕は林檎にとてもひどいことをした。嫌われて当然だよ」
そこで八重島カナは一呼吸置いて、何かに耐えるように、目を閉じた。
体育館裏の閑散とした空間に二人きり。気がつけば、午後二つ目の授業に突入していた。いっそこのまま、家に帰ろうかとも考えたが、荷物は教室に置きっぱなしだった。
さて、長々と語られた八重島カナと藤守林檎の昔話であるが、語り始める前に、カナはそれを懺悔と表現していた。であれば、その悔恨の核心は今の部分――幼いカナが林檎の目の前で、自分と彼女は友達ではないと宣言した場面だったのだろう。
話はまとめに入る。その後の展開については、これまでのように丁寧なものではなく、ダイジェスト版のように駆け足だった。
その事件以降、カナと林檎は会話をしなくなった。クラスメイトによる林檎への嫌がらせは続き、カナは見ないふりをした。林檎は次第に、学校を休みがちになっていった。そんな感じで二学期は終わった。冬休みの間、カナは急に親の仕事の都合で引っ越すことになった。
これで、おしまい。
カナと林檎の昔話は、おしまい、おしまい。
「とりあえず、お前をぶん殴っていいか?」
「僕が最低なのはわかっているけど、痛いのはやだな」
「そうか、ならやめておこう」
「最低――わかってる。僕は結局、へらへらと笑って周りに合わせることしかできない人間だったんだ。なのに、林檎と仲良くしている君に嫉妬するなんて。僕にそんな資格なんて――」
「悪いけど……」
深夜はカナの話を遮った。
「お前の愚痴に興味はないんだ」
烏丸深夜という男は他人に興味を示さない――林檎を除いては。深夜が、カナの長い話を最後まで聞いたのは、それが林檎に関わることだったからだ。
「わかってたよ。君がそういうやつだっていうことは。もともと僕になんか興味がないんだって」
「ああ、俺が興味があるのは藤守だけだ」
「やっぱり、林檎のこと好きなんじゃない」
「好き? 違うな。俺は藤守林檎のことを愛している」
「愛っ!? さっきこそ、そういう関係じゃないって言ってたよ!」
「ああ、これは、俺の一方的な思いだからな。八重島の言う、そういう関係にはならない」
「そう、よくわからないけど、わかったよ」
「だから、藤守のことはそれなりに詳しいつもりだ。そんな俺が、お前の話を聞いた上で、いくつか疑問を抱いた」
「疑問?」
そう。深夜から見れば、今のカナの話には、いくつかの、おかしい点があった。
深夜が持つ藤守林檎の情報と照らし合わせると浮かび上がる違和感が。
「まず、一つ目。これは、初めから感じていた違和感なんだけれど、小さい頃の藤守、ちょっとキャラ違くないか? 俺の知っている藤守は、もっとこう――強いイメージだ」
カナが語るような、おどおどとした印象ではない。孤高の狼のような強さを持っているようなイメージ。
「強い? 君にはそう見えるんだね。僕には単に心を閉ざしているだけのように見えるけど。昔は、今みたいな冷徹な感じじゃなかった。林檎は変わったんだ。きっと、わたしのせいで」
矛盾でも何でもない。時間がたって、変わったというだけ。
「二つ目だ。さっきも言ったけど、藤守はかねてから、今までひとりも友達がいなかったと言っていた――が、この点についてはすでに説明済みだな」
カナは首肯く。
過去語りの前にカナが言っていたことだ。嫌な思い出なので、カナのことを語りたくないのだろう、ということだ。
「それと、これは少し細かいところかもしれないけれど、八重島と藤守が仲良くなった最初のきっかけは、共通のアニメを見ていたことだって言ってたよな」
「うん」
「だけど、昨日、藤守の家に行ったとき、会話の流れで、アニメは見たことがないって言ってたんだ」
「それは……わからないよ」
カナのことを語りたくないというのはわかる。しかし、そんな嘘までつく必要があるだろうか。それも含めて、嫌な思い出の範疇なのだろうか。
「最後に。これが、一番違和感があったところなんだけれど――なあ、八重島。『殺人鬼』の話はどこにいったんだ?」
ピタッと。
空気が止まる。
「……殺人鬼?」
「ああ、すっぽり抜け落ちているだろ」
「キーホルダーの話かな?」
林檎がランドセルにつけていた殺人鬼『マーダー・ドッグ』というキャラクターのキーホルダー。
「違う。そのことじゃない。藤守自身が殺人鬼だという話だ」
「わからないよ。どういうこと?」
「藤守林檎は生まれつき頭のイカれた奴だった。いつも人を殺すことで頭がいっぱいだ。だから、友達なんかできっこない。だからずっと一人だった――これが、俺が知っている藤守林檎のストーリーだ」
それが、藤守林檎という人物を語る上で、最も重要な要素のはずだ。少なくとも深夜の知る限りは。
「なにそれ、アニメか何かの設定?」
冗談なのか――笑っていいのか迷っている様子だ。
言っていてバカらしくなる。
カナの語る藤守林檎の方が、人として、ずっと現実的だった。
◇
さすがに、授業の途中で教室に戻る訳にはいかず、特にすることもなく、二人並んで同じ場所に留まっていた。
「で、お前はどうしたい?」
少し、考えたあと、深夜は言った。
「え?」
「もう、全部終わったことなんだって言うなら、俺に近づいたりしないだろ。八重島は、一体どうしたいんだ?」
きっと林檎は、望んで一人でいるのではない。もし、かつての親友と仲直りできるのなら――それは、彼女にとって、きっと幸せなことなのだろうから。
「僕は……今さらどうにもならないだろうけど――」
カナの瞳に意志が宿る。
「林檎に謝りたい」