『異常で非情な彼らの青春 #22』 /青春
#22
朝、深夜は林檎と顔を合わせた。お互いの通学路がここから重なる、例の交差点でのことだ。
「おはよう」
「うん、おはよう」
そういえば、ここで遭遇するのはずいぶんと久しぶりのことだった。
彼らの運命が交差した場所――運命と言えば大げさかもしれないが、縁が交わったのは間違いあるまい。何にせよ、あの日、ここで深夜は林檎と出会った。
十字路――深夜が来た方向に背を向けて、正面が学校、左に行けば林檎の家、そして、右に行けばカナの家がある。
カナは昨日、林檎の家の前で、林檎に盛大にフラれてから、ここで深夜と別れるまで、ずっとヒクヒクと、子供のように嗚咽をあげていた。
そんなことを思い出しながら、深夜は学校へ向けて歩き始めた――林檎と一緒に。自然と二人は横に並んでいた。
「烏丸君は、他にも仲のいい子がいたのね」
そんな言葉が口をついて出たのは林檎だ。昨日の放課後の話をしているのだろう。
「ん? ああ、八重島のことか。別に俺はお前と違って、学校で孤立しているってわけじゃないからな」
気軽に話せる人間はそれなりにいた。深夜は、せめて表面上は上手く周囲に溶け込もうとしている。
「そういうことじゃない。仲のいい女の子がいたのねということ。いや、『親しい』のだったっけ」
深夜からすれば前段としていろいろ――カナと林檎の過去の話を聞いたりとか――あったのだが、林檎からしてみれば、見ず知らずの女子が突然現れたのだ。
見ず知らず――林檎は過去のこと、いや、カナのことを覚えていなかった。
或いは、カナが嘘をついているという線もあるにはあるが、二人が仲良く並んで写っている写真があるのは事実である。
「あいつが女子なのは間違いないが、別に仲がいいってほどじゃない」
そう、断りを入れるが、そもそもなぜ林檎がそんなことを気にするのか、そして、なぜこんなにも口調にトゲがあるのか、深夜にはわからなかった。
「あの子、あなたのこと『深夜』君と、下の名前で呼んでいた」
「ああ、そうか。いつもそうだったかな? 覚えてないや」
「わたしも、あなたとはそれなりに親しくしているつもり」
「……」
――親しい、という認識なのか……
そもそも深夜と林檎が一緒に時間を過ごすようになったのは、深夜が林檎の弱味を握って脅迫したからである。
――脅迫されて親しくしているとも言えるのか。言い方の問題だろうか。
「だから、私もこれからは、あなたのことを下の名前で呼ぼうと思う」
「俺は常日頃から自分に対する呼称なんてどうだっていいと思っている。好きに呼べばいい」
「深夜ちゃん」
「……ちゃん付けはやめようか」
「じゃあ、深夜たん」
「もっとやめろ」
「何でもいいと言うから」
「それは、揚げ足取りだ」
深夜の言い分がおかしかった。
「では、深夜君。……深夜。深夜。うん、このほうが親しい」
「まあ、いいよ、それで」
「何なら、深夜も私のことを名前で呼んでもいいよ」
「藤守、今日何だかテンションおかしくないか?」
「遠慮せずに」
「ああ……じゃあ林檎?」
「深夜……」
仄かに顔を赤らめる。
――キャラ崩れてるって。
「やっぱり、俺はそのままにするよ」
「……そう」
林檎は残念そうに呟いて、前を向いた。
昼休みになると深夜は購買に向かう。昼食用のパンを買うためだ。
「珍しいな、こんなところで。いつもは弁当袋さげてたろ」
パンを見繕っていると、男子生徒に声をかけられる。そういう日もあるさと返そうとしたが、そんなことより、
「誰だお前」
「だから隣の席のやつのことを忘れるなよ」
「なんだ、陸夫か」
凄く久しぶりな気がした。
「毎日顔合わせてるだろ――って、全部同じのかよ」
陸夫は、深夜のチョイスを見て、信じられないと突っ込みを入れた。
「何が『――って』なのかはわからないけれど、一番好きなものを3つ買った。何がおかしい?」
「いや、別にいいけどよ――それ持って、また、お姫様のところに行くのか?」
「ああ」
そこら辺は、今さら隠す必要もない。周知の事実だった。初めこそいろいろな人に詮索されもしたが、誰が誰と飯を食おうと、本当はどうでもいいことなのだろう。
「結局、お前らってどういう関係なんだ」
「友達未満、知り合い以上ってところかな」
「なんじゃそりゃ」
関係と聞かれれば、実際そうなる。友達――というのとはちょっと違う。
しかし、深夜にとって林檎が特別な存在であることは確かだ。
唯一関心を示す他人。興味を持つことができる人間。恋愛感情もある。
それに、林檎といるようになって、深夜は少しだけ変わった。自身それを自覚している。
自分と同じく、どこか普通でない少女と一緒に時間を過ごすようになることで、以前ほど自分を偽らなくなった。
陸夫とも、前はもっと距離をとっていた。表面上は友好的でも、深く相手の事情に踏み込むようなことはしなかったし、こちらにも踏み込ませなかった。
恐らく今は顔を作ってない。へらへらと、薄い笑顔を張り付けていない。
「ん? あそこにいるの、そのお姫様じゃないか」
渡り廊下にさしかかったところで、外に林檎の姿が見えた。
林檎の正面には男子生徒がいた。あまり見慣れない、がたいのいい男だ。話をしている。
いや、話をされているのか。
絡まれているようにも見えた。
ふつふつと、得たいの知れない粘度の高い黒い感情が、深夜の脳を侵食していく。
距離があったので、話の内容は聞き取れなかった――が、男のほうが、ヒートアップしているようにも見えた。
そして、そのがたいのいい男に、林檎の肩が掴まれたところで、深夜はキレた。