『異常で非情な彼らの青春 #12』 /青春
#12
「烏丸君、今日あなたをうちに招待します」
昼休み、藤守林檎は唐突にそう言い放つと、再び本に目を落とした。
場所はいつもの体育館裏。人気はなく、ゆえに今の言葉は深夜に向けたものには違いない。
「……?」
続く言葉はない。話は今ので終わりらしかった。
スマートフォンを取り出し、メーセージアプリを起動させる深夜。
『今、藤守林檎にこういうことを言われたのだけれど、一体どういうことだろう?』といった文面を入力し、妹の由美に送信する。
秒で返答があった。
『自分で考えろボケ!』
怒りマークがついていたので、怒られたのだろう。
深夜は空を見上げる。
いい天気だった。
恥も知らずにとっさに妹を頼った深夜だったが、どういうことも何も、そのままの意味で、放課後、当たり前のように林檎は深夜を家に招き入れた。
家の中に2人以外の気配はなかった。
階段を上がると、林檎はいくつかあるドアのうちのひとつを開けた。そこが自室だろう。
普通に女の子っぽい部屋だ。
置かれている雑貨類は可愛らしいものが多い。また、家具やカーテンも、柔らかい印象のものだ。
『普通の』女の子っぽい部屋だ。
実際、深夜にとって、女子の部屋に入るのは、妹の部屋を除けば初めてだから、世間一般では、どんなものなのかは本当のところわからないのだけれど。
――そういえば。
深夜は考える。女子といわず、男子も含めて、他人の部屋に入るのは何年ぶりのことだろう。はっきりと思い出せないくらいには、昔のことだった。
「意外に普通の部屋だな」
そう言いながら、深夜は通学用のリュックをおろす。
「意外?」
林檎はその言葉にひっかかったようだ。
「……」
余計なことを言ったと思ったが、言ってしまったものは仕方がない。
拍子抜けしたと言えるのかもしれない。部屋に入る前はあまりにも、おどろおどろしい部屋を想像していたから。
――壁一面に暗器とか飾ってるの想像してたんだけどなあ。
「何か失礼なことを考えてない?」
藤守林檎という少女は、確かに表情の変化は乏しいのだが、ないというわけではない。笑いこそしないが、わかりにくいだけで、怒ったり、呆れたり、すねたり、するのだ。深夜も最近わかるようになってきた。
――今の顔は……うん、ジト目だ。
「暗器とかないのかなあ、と思って」
「人を何だと思ってるの」
何って殺人鬼、とは言わなかった。ちなみに、暗器とは、身に付けることができる隠し武器のことだ。
「り、立派な本棚だな」
深夜は話をずらした。
ありふれた部屋にあえて特徴を見いだすとすればこれかもしれない。深夜の身長ほどありそうな木製の本棚。
「……うん、まあ」
納得いかなそうだったが、相づちをうつ林檎。
本棚に収納されているのは、背表紙を見る限り、ほとんどが小説のようだった。
「漫画とかないの?」
「うん。小説のが、コスパがいいから」
「コスパ?」
「漫画ってすぐ読み終わるでしょう。いくらお小遣いがあっても足りない。小説なら、最悪、図書室で借りられるから」
友達のいない藤守林檎にとって、より効率よく時間を潰せる方法を考えるのは必然なのかもしれない。
「じゃあ、アニメとかは?」
にわかに、深夜の周辺で流行しているアニメ『少年探偵ソウタの事件簿』。もしかてと思ったが、林檎は首をふる。
「アニメとか見たことない」
ということだった。
「ちょっと、飲み物持ってくるね」
林檎は部屋を出ていこうとして、「あ、部屋の中のもの、いろいろい触っちゃだめだから」
と、そう付け加えた。
深夜は足音が遠退くのを聞いてから、
「さて」
釘をさされずとも――いや、さされたとしても、だ。
深夜は躊躇なく、押し入れの引き戸を開いた。
藤守林檎への思いを自覚した深夜にとって、それは、あまりにも自然な行為だった。
――ああ。人に興味があるって素晴らしい。
上段には服がかけられていた。見慣れた学校指定の制服(女子用)。そして、数は少ないが私服もあった。
――ふうん。藤守、こういうの着るんだ。
膝をつき、下段を調べる。
暗がりの中、何者かと目があった。
人形だった。見覚えがある型だ。おそらく、雑木林で藤守に解体されていたものと同じものだろう。
――ほかには……
透明な収納用のボックスが積んであった。一番上のものの蓋を開ける。
おそらく、小学校の頃に使っていたものをまとめて収納しているのだろう。小学校でしか使わないようなそろばんとか、縦笛とかその他もろもろが詰められていた。
――これは……
藤守林檎は、学校では謎の多い人物とされている。深夜は、そんな人物の、しかも自分が思いを寄せる女子の私生活を探る行為にある種の興奮を覚えていた。
或いは、少年探偵のように。
これまで人に興味のなかった烏丸深夜は、
初めて好きになった女子への興味は、
人として、間違った方向に暴走していた。
少しして、林檎が戻ってくる。手にはお盆、お盆の上には急須と湯飲みが置かれていた。
もちろん、深夜は我を失っていたわけではない。林檎が階段を昇る気配を察知し、ちゃんと押し入れの引き戸を閉め、なに食わぬ顔で部屋の主を出迎えた。
「気のせいかな。すごく、いやな感じがしたのだけれど」
再びのジト目。
「気のせい、気のせい」
と、深夜は同じ言葉を繰り返した――少しだけ重くなったリュックを背後に隠しながら。