がらくたディスプレイ

趣味の小説置き場。どこかで誰かが読んでくれると幸せです。

『異常で非情な彼らの青春 #21』 /青春

 

 

 #21
 

 校門から出てすぐそばに二人――烏丸深夜と、八重島カナは、塀に寄りかかるように並んで立っていた。

 見慣れない取り合わせだからだろう。一体どういう状況だと、彼らを知る生徒たちは横目で様子を伺う。

 深夜は他人の目線など気にならない。他人など、どうでもいいと思っているからだ。が、深夜はともかくとして、カナもそれらの視線をまるで気にしていなかった。

 気にしている余裕がなかった。

 緊張と不安で、それどころではなかった。

 深夜はその理由を知っていた。

 カナがこの町に帰ってきてからのこと――転校生として、この学校にやってきてからの話を聞いたからだ。

 カナは転校してすぐに、藤守林檎の存在に気がついた。5年という時間は、彼女の身長を伸ばし、顔立ちを大人に近づけたが、当時より髪も短くなったいたが――

 それでもすぐにわかった。

 ずっと、心にトゲが刺さっているように、気になっていたから。

 しかし、向こうはそうではなかったらしい。

 カナは廊下で林檎を呼び止めたが、目が合って、お互いに顔を認識した上で、林檎は表情を変えず、何も言葉を発さず、目線を切って、そのまますれ違っていった。

 もっとも、彼女のそのような態度はカナに対してだけではない。

 深夜は、親切なクラスメイトから、藤守林檎に関するいろんな噂を聞いた。そして、関わらないほうがいいと忠告を受けた。

 藤守林檎は変わっていた。昔から、孤独ではあったが、今のように周りを拒絶してはいなかった。

 彼女はかつての親友が帰ってきたことに、同じ学校に通学していることに、気付いていないのか、それとも、気付いた上で無視しているのか。

 いずれにせよ。

 深夜は思う。

 カナから歩み寄れば、わだかまりは融けるのではないか。昔の親友に気が付いてないだけなら、すぐに思い出すだろう。

 昔のように戻れる。

 それは、きっと、林檎にとって、いいことのはずだった。

 

 校門から吐き出される生徒たちに混じって、林檎が現れる。深夜の姿を見つけ、同時に深夜の影に隠れる人物に対して訝しげな目を向けた。

「ぼ……僕も一緒に帰っていいかな」

 そう、用件を告げるカナを、林檎は不思議そうに見つめた。

「あなたは?」

 気付いていないのか。

 気付いていないふりをしているのか。

「ぼ、僕は……深夜君の、友達だよ」

「『深夜』――くん?」

 林檎は、カナの深夜に対する呼称に違和感を感じた。

「ああ……うん。最近仲良くしてるんだ」

 取り繕うように笑うが、林檎はよりいっそう、警戒を強めたようだった。

「……そう」

「というわけで、一緒に帰ろ?」

「まあ、いいけど……あれ、いいんだっけ?」

 きっと、林檎の中のマイルールに違反しないか、検討しているのだろう。

「まあ、いいか」

 結局、そう結論付けて先を歩き出す林檎に深夜とカナは付いていく。

 

 会話はなかった。

 深夜と林檎の二人きりのときでさえ、会話が多いわけではなく、そこにカナが加われば、もはやどんな話題があるのか、深夜には検討も付かなかった。

 気まずい空気が流れる。そのうち、林檎の家が見えてきた。

「あ……」

 家の前、別れ際になってようやく、カナは胸のうちを吐き出した。

「僕……八重島カナだよ」

「え……?」

 林檎は、目を見開いた。

「ずっと、謝りたかったんだ。あのときのこと」

「…………」

「僕は卑怯だった」

「…………」

「許されるとは思っていないけれど、ずっと謝りたかった。あの日から、後悔しなかった日はないよ」

 5年分の後悔を込めて。

「林檎、本当にごめんなさい」

 カナの謝罪を受けて林檎は、

「…………いったい、何の話をしているの? 何だっけ……ヤエジマさん?」

 戸惑うように言った。

「え?」

「あなた、誰?」

 カナは言葉が出なかった。

 見かねた深夜が、口を挟む。

「お前が、小6の頃仲が良かった八重島カナだよ」

 林檎はよく考えて、念のためにもう一度記憶の棚を確認して、

「いや、知らない」

 と断じた。

 そんなことがあるのだろうか。

 たとえ嫌な思い出だったとしても、八重島の話を聞く限り彼女にとっては大きな出来事であったはずだ。

 始まりは、小6のとき初めて同じクラスになったこと――

「お前たちは友達――いや、親友だったはずだ」

 最初は、カナの気まぐれだった。気まぐれに、教室で孤立していた林檎に話しかけた。同じアニメが好きなことがきっかけで、二人は仲良くなった。

「何のことだかわからないけど、烏丸君。言ったでしょう。私はこれまで――これまでというのは、もちろん子供の頃まで含めて、友達なんていたことがない」

 林檎は内気なだけで、話してみれば案外普通の子だった。彼女たちは一夏の間に親友となった。

「言ったでしょう。小さい頃から普通じゃなくて、だから、私は今まで、ずっと一人で生きてきた」

 あの夏、確かに二人は笑いあっていた。

「友達とかいたことないし」

 そして、信頼していたがゆえに、傷ついた。

「その子のことなんて……知らない」

 

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 あくまで、深夜の誤解を解こうとする釈明だった。もう、カナのことは目に入っていなかった。

 カナはアスファルトの上にへたりこんだ。虚ろな目からは涙が溢れていた。