がらくたディスプレイ

趣味の小説置き場。どこかで誰かが読んでくれると幸せです。

『異常で非情な彼らの青春 #10』 /青春

 

 

 

 #10
 

 体育館裏での殺人未遂から雑木林での一悶着――藤守林檎いわくロマンティックだったあの一件から1週間後、深夜と林檎の日常にさほど変化はなかった。

 昼休みには、並んで弁当を食べ、その後は昼休みが終わるまで一緒に過ごした。林檎は大抵は本を読み、深夜は空を眺めるか、うたた寝をしていた。

 ひとまずこの一週間は、この前のように寝込みを襲われるようなことはなかった。というか、それでも彼女の横で安眠できる深夜の神経はやはり異常だった。そして、放課後は一緒に下校し、藤守家の前――

「じゃ」

 深夜が軽く手をあげると、藤守林檎はこくんと首肯した。そして、別れる。このあたりも、すっかりと習慣となった一連の動作だった。

 そして深夜は今来た道を戻り、例の交差点――林檎と最初に出会った交差点に向かう。もちろん、自分の家に帰るためだ。

 交差点に向かう、その途中。

 ――ずしり、と。

 背中に重みを感じた。

 それこそ、人ひとり乗っかっているような重み――

「だーれだ?」

 後頭部のあたりから声がした。

「そういう遊びは、普通、手で目を隠してやるもんだ」

「見えないなら同じことでしょ?」

 振り返ろうと体を回転させるが、深夜に抱きつき体を密着させている後ろの人物も連動して回転し、一向に姿を確認できない。できないが、

「ええい! 暑苦しいから離れろ――八重島」

 悪霊を振り払うように、大きく体を捻ると、ようやくその人物――八重島カナは深夜の背中から離れた。

「へへ、正解。奇遇だねこんなところで。あまりの奇遇さに興奮して、思わず抱きついちゃったよ」

「偶然がこうも毎日続くかよ。お前のうちはあっちだろ」

 交差点の方を指差す。

 ――あと、さらっと興奮とか言うな。

「自分だって家こっちじゃないくせに。まあ、偶然かどうかなんて、どうだっていいじゃない。こうしてまた会えたんだから」

 へへ、と口許を緩ませる。

「どうでもいいけど、考えなしに男に抱きついてたら、変な勘違いされるぞ」

「確かに僕は考えなしだけれど、誰にだってこんなことはしないよ。なんてったって、深夜君は運命の人だからね」

「まだ言ってんのか、それ」

 運命の人などというトキメキワードを、さすがに深夜も本気になどしていなかった。

 ――ていうか、絶対からかわれているだけだ。

 深夜が歩きだすと、カナもそれについてきた。

「ねえねえ、最近どうなの。お姫様とは」

 お姫様――藤守林檎のことだろう。

「どう――ということはないけど。見ての通り普通に友達だよ」

「そうかな、なんか前より距離感近くなったような気がするけど」

「いつも観察しているような言い方だな」

「さあ、それはどうでしょう」

「やっぱり偶然なんかじゃないだろ」

「そりゃそうだよ。偶然は毎日続かないよ?」

 しれっと。

 あっさりと。

 手のひらを返す。

 まあ、本当はわかっていたことなのだが。

 この時間、いつもカナに尾行されていることも。

 どこからか現れると言いながら、深夜が通りすぎるまで、横道に隠れているのだということも。

 それが、どういう意図で行われているのかは不明だが。

「で、二人はどこまでいったの? A? B? それともまさかのC?」

「だから、そんな関係じゃないって。それに古いよ、言い回しが」

「じゃあ、ハグは? ハグ。それくらいしたでしょ」

「……」

 否応なく、一週間前の出来事を思い出す。

「したんだ! ハグ」目を輝かせるカナ。

「深夜君とお姫様がうまくいってくれれば、僕もうれしい限りだよ」

「さっきの運命の人の件はなんだったんだよ」

「別に僕はお姫様の次でもいいよ。2番手でも、何なら3番手でも」

「反応に困るようなことを言うなよ」

 ――絶対からかわれているだけだ。本気にしたとたんに引かれるパターンだ。

 手のひらを返すように。

「でもさ。あの笑わないお姫様を一体全体どうやって落としたの?」

 だから、そういう関係じゃないと言おうとしたが、仮に友達であったとしても、親交があるだけで快挙だった。少なくとも、周囲からはそう見えるだろう。

「実は、弱味を握って脅迫したんだ」

「あはは。最悪だね」

 冗談だととったようだ。いや、そうとるしかないのだが、まさかの事実だった。

 そして、交差点に到着。

 ここで、それぞれの自宅に向かって、別れる。それも、いつもの光景。

 別れ際――

「僕も――友達になれるかな」

「うん?」

「笑わないお姫様――藤守林檎ちゃん。僕も友達になりたいな。ねえ深夜君、今度紹介してよ」

「別にいいけど、難しいかもしれないぞ。あいつ、今までひとりも友達いたことないらしいから」

「ふーん、そうなんだ」

 残念そうに呟く。

 本当に残念そうで――そして、悲しそうだった。

「でもでも、深夜君とは友達なんだよね」

 今に、至るまではいくつかの偶然と、いくつかの非常識な行為があったし、実際は友達なんて簡単な関係ではなかったが、とりあえず頷いておく。

「ああ」

「ということは、深夜君が彼女の友達第1号さんなんだ?」

「うん? 考えたことなかったけど、言われてみれば、そういう言い方もできるかもしれない」

「ふーん。そうかそうか。やっぱり君たちは特別な関係なんだね」


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 この時、八重島カナの目に灯った暗い炎にに、深夜は気付かなかった。