がらくたディスプレイ

趣味の小説置き場。どこかで誰かが読んでくれると幸せです。

『異常で非情な彼らの青春 #35』 /青春

 

 

 #35
 

 スマホのアラームが聞こえる。八重島カナは反射的に腕を伸ばし、画面をタッチしてそれを止める。

 朝だ。

 気分は憂鬱だった。最近はずっとそう。それでも学校には行かなければならなかった。

 毎朝のルーティーン――制服に着替えて、ご飯を食べて、身支度をして、外へ出る。今日もとても寒かった。

 新学期が始まって2週間ほど――冬はまだまだ続く。肌を突き刺すような冷たい空気の中、白い息を吐きながら、学校へ向かった。

 

 ◇

 

 昼休み。

 カナが、昼食を調達するために廊下を移動していると、前方から、藤守林檎が歩いてきた。

 だんだんと距離が近づいてくる。そして――

 そして、すれ違う。

 カナは平然を装った。

 目が合わないように注意した。

 そうしているのは、林檎の方も同じだろう。

 

 二学期最後の日――つまりは、終業式の日、林檎と深夜が揃って学校を休んでいたのをカナは知っていた。

 まったくもって蚊帳の外だった――が、悔しいけれど、しょうがない。

 林檎とは打ち解けたつもりだったし、深夜ともそれなりに交流しているつもりだったけれど、二人の世界に割って入りたいと思うほど、野暮でもなかった。彼らの関係はかなり特殊で、特別なものだった。

 そして、その後、林檎がどうなったのかも、簡単にではあるが深夜に聞かされていた――いや、知らされていたというべきか。

 事務連絡のようにスマホにメッセージが、送られてきたのだ。

 ――藤守林檎は死んだ、と。

 周囲を拒絶し、いつも一人で行動し(最近はそうでもなかったが)、笑わないお姫様などと揶揄された自称殺人鬼は――幼き日の藤守林檎の中に生まれた殺人鬼は、消えた。

 だから、今、学校に来ているのは、かつての林檎だ。幼少の頃に知り合い、親友とまで思った、彼女だ。

 だけれど。

 彼女たちが、会話をすることはない。

 会話をしないどころか、対面することもない。

 対面するどころか、目も合わせない。

 冬休み明け、カナは林檎から隠れるように過ごしていた。見つからないように、この街に帰ってきたことに気が付かれないように――と。

 だって。

 合わす顔が、ないから。自分が転校してからの経緯を知ってしまってからは、なおさら。自分のせいで、彼女は5年間、眠り続けることになったのだから。

 だけれども、流石に。

 同じ学年で、同じフロアで過ごしているのだから、一週間もすれば、廊下ですれ違ったりもする。

 目が合った。

 林檎もカナの存在に気が付いたようで、驚いた表情をしていた。そして――目を逸らした。その仕草は見たことがあった。

 ――ああ、わかった。林檎にとってはあの冬の続きなんだ。

 小学生の頃。

 クラスに居場所がなかった。

 ある日、親友と言える存在と出会い、そして、夏を一緒に過ごした。

 そして、裏切られた。

 季節は冬に移った。

 親友とは気まづくなって、会話をしなくなった。

 あの日々を、きっと林檎は続けている。


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 そして、カナとだけではない。

 林檎が、学校で誰かと会話をしている様子はなかった。もともと、友達を作るのが下手だった。昔から、教室の角っこで一人で本を読んでいるような女の子だった。

 冬休み以前と以後の林檎は、カナからすればやはり別人なのだが、事情を知らない周囲の人間にとって、彼女は相変わらず、笑わないお姫様で、よって彼女に対する対応も変わらない。

 誰も彼女に話しかけない。

 誰もといえば――深夜もそうなのだ。

 深夜は、今の藤守林檎にはまるで関心がないようだった。あくまでも、彼が好きなのは、異常者である林檎のほうだった――そういうことなのだろう。

 ちなみに、深夜はカナとも話をしなくなった。もとより、カナが無理やり絡みにいっていただけだったのだけれど。以前は適当に合わせてくれていたけれど、それもなくなった。きっと、それが本来の彼の姿なのだろう。それならそれで、仕方がない。

 だけれど胸が痛む。

 友達をなくすのは、胸が痛む。

 深夜と、何より林檎を。

 

 ――ああ。このまま、終わってしまうのだろうか。相変わらず、いろんな人が僕に笑いかけてくれるし、同じように僕も笑顔を返すけれど、本当に大切な人は、僕の前から去ってしまう。

 

 その日も、廊下で林檎とすれ違った。すれ違うたび、目を逸らすたび――心が痛む。

 ――嫌だ! 大切なものをなくすのは。もう、後悔するのは!

「――ッ」

 気がつけば、林檎の手首を掴んでいた。

 体が勝手に動いていた。

 だって、見付けたから。

 林檎の髪にはリボンが結ばれていた。その色には見覚えがあった――かつて、カナがプレゼントしたものと同じものだ。

 それは、ずっと、親友だと約束した日。彼女たちが一番、輝いていたとき。

「林檎……」

 名前を呼んだ。

「カナ……」

 かかったのは、5年の歳月。

 かつての親友と、ようやく、言葉を交わした。