『異常で非情な彼らの青春 #24』 /青春
#24
昼休みになると教室は次第に喧騒に包まれていく。それは、毎日、繰り返される光景だった。
「たまには一緒に飯でも食うか」
隣の席から、陸夫が話しかけてきた。
「いや、遠慮する」
「いいじゃねえか、どうせ1人なんだろ」
「うっさい」
深夜は手で払うような仕草をする。
「まだ……あそこに行ってるのか?」
深夜は質問には答えず、黙って席をたつ。
繰り返す毎日の光景。
深夜はいつもの場所――体育館裏に向かった。
『まだ――』と言われても他に行くあてがなかった。ほんの少し前までは、別のどこかに居場所を見つけて過ごしていたはずだが、そこがどこかは忘れてしまった。それだけ、新しく見つけたこの場所は居心地がいい。
何しろ学校という場所はどこもかしこも人だらけだ。同じ服装をした男子と、同じ服装をした女子が、そこらじゅうに溢れている。言い換えれば、ほかに落ち着ける場所がないのだ。
静かでいい。なのに、そこには一人の女子生徒の姿があった。八重島カナだ。すでに弁当を広げている。深夜は仕方がなく隣に腰を下ろした。
「やあ、こうしていると恋人みたいだね」
カナはしれっと言った。
「それは、ない」
「つれないなあ。君は僕の運命の人で、そして僕は君の運命の人なのに」
「一人称が『僕』の女子と運命を感じたくねえよ」
このやりとりには、いい加減しつこさを感じていた。そもそも、カナが深夜に近づいたのは、別の目的があったはずだ。もっとも、運命でなくとも、縁があるとは言えるだろうが。
「まあ、とはいえ、やっぱり、君は林檎とくっつくべきだと思うけどね――あれから、会ってないんでしょ?」
林檎はあの日――無粋な男子生徒に絡まれ、カナの乱入があったあと、子供のように泣きじゃくった。多くの生徒はそれを遠目に眺めているだけだった。林檎が落ち着いた頃、深夜とカナがそのまま家まで送っていって、その日は終わった。
その次の日から、林檎は学校に来なくなった。昼休みにこの体育館裏に来ることもなければ、放課後、校門前に現れることもない。
もう――1ヶ月になる。
「迎えに行かないの?」
「迎え?」
「だって、学校に来ないから仕方ないってわけじゃないでしょ? 家、知ってるんだから」
「いや、行かない」
「ふーん。じゃあ僕が君のこと、本当に狙っちゃおうかな」
カナはそう言って、くりくりとした目を深夜に向け、いたずらっぽく笑った。相変わらず、人として、異性として、全く興味がわかなかった。
放課後になるとまっすぐに帰宅した。家には誰もいなかった。ソファに深く腰を下ろし、テレビを付ける。そういえば、と思い、番組表を見る、最終回を迎えたのか、あのアニメの再放送はもうやっていなかった。
ぼうと、情報番組を眺めているうちに、由美が帰ってきた。
「ただいまー」
「おかえり」
「あ、お兄ちゃん帰ってたんだね」
「見ての通りだ」
由美はキッチンに向かうと、冷蔵庫からオレンジジュースのパックを取り出した。オレンジ色の液体をグラスに注いで口をつける。グラスを傾け、コクコクと喉を鳴らした。
「最近、お兄ちゃん、帰り早いよね」
「そうか?」
以前由美は、深夜の帰宅時間が遅くなったことから、女子との交流を看破したということがあった。
「林檎さんとはどうなったの?」
そう、由美はストレートに聞く。相変わらず――核心をつく。
「どうにも、なってない」
「喧嘩でもしたの?」
「そんなんじゃ、じゃない」
「じゃあ……」
「学校に、来てないんだ」
深夜は観念したように言った。
「ずっと?」
「ああ」
「迎えに……行けばいいのに」
家、知ってるんだからと、カナと同じことを言う。
「それは、きっと俺がやるべきことじゃない」
カナのような、本当に彼女のことを思っている奴のすることだ。
自分がしたのは、弱味を握って、脅迫したことだ。
そんな、都合のいい役回りは、自分にはふさわしくない――深夜はそう、思った。が、或いはそれも、言い訳で――
「はあ? 馬鹿じゃないの? お兄ちゃんがどうしたいかでしょ。お兄ちゃんはどうしたいの?」
「俺は……」
「林檎さんがこのまま学校に来なければそれでいいの?」
――良くない。そんなことはわかっているんだ。
だけど、怖かった。
林檎を脅迫するに至ったあの動画――それがもう、弱味ではなくなっていたなら――もし意味をなさなくなってしまっていたなら、果たして彼女と向き合えるのか。
でも。
もしこれがノベルゲームなら、ここで、選択肢が出るような状況だ。1、迎えに行く。2、行かない。2番目は、バッドエンド直行に違いなかった。
――俺は。
次の日の朝、いつものように制服を着て家を出た。そして、そのまま、学校には行かなかった。
流石に朝早すぎるのもどうかと思い、その辺で少し時間をつぶしてから、一時間後、深夜は、藤守林檎の家の前にいた。