『異常で非情な彼らの青春 #25』 /青春
#25
以前訪れた、藤守家。住宅街の一角にあるその二階建ての建物は普通の一軒家に見える。
深夜は玄関のドアの前に立つと、迷わずインターホンを鳴らした。しかし、しばらく待ってみても何の反応もない。もう一度試すが結果は同じだった。
ドアノブをそっと引いてみる――きちんと鍵がかかっていた。どうやら、住人はみな留守のようだ。
「さて、どうするか」
誰も――というか、林檎がいないのであれば、どうしようもないのだが、どうにも諦めきれない。それなりの決意と覚悟をもって、学校を休んでまで、ここにいるのだ。
深夜は玄関を離れ、家の外周に沿って移動を始めた。そして、どこかの窓が空いていないか、確認していく。
何のために?
決まっている。もし、万が一、不用心にも鍵をかけ忘れた窓があれば、そこから侵入しようなどという犯罪めいたことを、深夜は本気で考えていた。
「というか、犯罪そのものだよな。でも、それがどうした」
とはいえ、うまく侵入できたとして、何をするのかまでは決めていなかった。まあ、待っていればそのうち林檎が帰って来るだろうという算段だ。もっとも、林檎以外の家族が帰ってきて、空き巣と間違われ通報される可能性もあったが(さらに言うと、相手が林檎であっても通報される可能性は十分にあるのだが)。
ぐるりと家の外周を周り、玄関まで戻ってくる。勝手口も含め、きちんと戸締まりがなされているのを、ただ確認する結果となった。幸いにも、犯罪者にならずに済んだわけだ。
しかし、今度こそ手詰まりだった。まさか、蜘蛛のように壁を這い上がるわけにもいくまい。そんな自分の姿を想像しながら2階を見上げると、窓のひとつに人影を見つけた。
「何だ。いるじゃん」
この間、お邪魔した部屋は、なるほどあの辺りの位置になるのかもしれない。
約1ヶ月ぶりに見る林檎の顔。そして、制服以外の姿を見るのはこれが初めてだった。
「藤守――」
そこから、言葉が続かない。何を言えばいいのか、わからなかった。顔を見られたのは良かったが、玄関まで降りて来ないのは、会う気がないということだからだ。が、それなら、なぜ姿を見せたのか。
林檎もまた、何かを言うつもりはなく、代わりに、窓を少しだけ開け、隙間から何かを放った。それは深夜の頭をかすめて地面に落下した。
「危ねえ!」
そして、ぴしゃんと窓が閉められる。
「何なんだよ、いったい」
落下してきたものを拾う。本――いや、装丁からすると日記帳のようだった。表紙に『diary』と印字されていることからして間違いないだろう。そこそこに分厚く、ハードカバーの小説くらいの重量があった。
そして、何より目を引くのは、表紙に大きくマジックで書かれた文字だった。
『私を見つけて』
どう意味かと考えていると、家の裏の方から音がした。ガチャリと、ドアでも開くような音――
「勝手口か」
再び家の裏側に回り、林檎の姿を探す。そして、遠くに裏道を駆けていく林檎の後ろ姿を見つけた。深夜はあえて、追わなかった。
追うのではない。彼女の要求は、『見つけて』なのだから。
「まあ、普通に考えて、これを読めってことだよな」
深夜はその場で日記の表紙を開いた。
『今日から日記を始めます。この日記帳が幸せな思い出でいっぱいになりますように』
1ページ目にはそう、書かれていた。丁寧な丸みを帯びた文字だった。
さらに、捲っていく。文体や書かれている内容から、子供のものだと思われる。おそらく、林檎が小学生のときに書いたものだろう――その証拠に、八重島カナに関する記述もそのうちに現れる。
とりあえず、詳しく読まずに、ぱらぱらと捲っていく。
「――ん?」
何だかわからないが、気がつけば途中から、何やら書かれている単語が物騒なものになっていた。ページを捲る手を止め、ある日の記述を読んでみる。
『規則正しく並ぶクラスメイトの頭を見ていると、スーパーに売られている野菜に見えてきた。トマトだ。トマトが人間の皮を被って並んでいる。金属バットを振り回し、力いっぱいトマトを殴打する。端のトマトから順に、中身がぶちまけられていく。全部潰す頃には、床一面トマトジュースで溢れていた』
日記の体裁ではあるが、まさか――事実ではあるまい。
では、創作か? それとも妄想?
「――殺人鬼」
カナが語った林檎との思い出話――いや、トラウマ話とでも言うべきか――その中に、ついに殺人鬼というワードは出てこなかった。あの時感じた一番大きな違和感。その答えがこの日記帳の中にあるかもしれない。
この日記が、幸福ではなく狂気に染まるような――
普通の女の子が自称殺人鬼に変わってしまうような――
この頃、いったい何があったのか。
その一端はすでにカナに聞いて知っていることなのだろうが――きっと、それだけじゃないという予感があった。
深夜は再度初めから、今度は念入りに、1ページずつその日記を読むことにした。