『異常で非情な彼らの青春 #31』 /青春
#31
深夜の家と林檎の家のちょうど中間あたりにある公園が待ち合わせ場所になっていた。約束の時間の数分前に到着した深夜は、ブランコを漕ぐ林檎の姿を見付けた。
林檎も深夜に気が付き、ぴょんと軽い身のこなしでブランコを降りる。深夜は不思議そうな目で林檎を見た。
「どうしたの?」
「ああ、いや。今日は、制服じゃないんだな、と思って……」
口に出してから、馬鹿なことを言っていると思った。日曜日なのだから、制服を着ていないのは当然だった。少し寝たりていないのか、頭があまり回っていない。
あまりにも林檎の制服姿を見慣れていた。平日以外に会うのは、実は初めてなのだという事実に、今更ながら気が付く。
「深夜は制服のほうが好きなの? 着替えてこようか?」
「そういうと、俺が制服フェチみたいに聞こえるな」
「変態なの?」
首を傾げる。
「俺は変態じゃない」
――まあ、とりあえず。
「行こうか」
言って、深夜は歩きだす――今日ここに来るときに通った道を、そのまま逆方向に。
今日の目的地は深夜の家だった。
――今後交際に発展する可能性はあるよね。その時はちゃんと教えてね。ていうか、家につれてきてよ。
それは、いつか妹とした約束。当時はあり得ない未来として軽い気持ちで結んだ約束だったが、まさか、履行される日が来ようとは考えてもいなかった。いや、先のことなど、わからないものだ。
深夜は、正直なところ、林檎を自分の彼女として妹に紹介するのには気が進まなかった。理由は面倒くさいからだ。なので、林檎と交際を始めたことは由美には黙っていようかとも思っていたし、実際、初めは黙っていたのだが、由美は相変わらず目敏く、深夜のちょっとした挙動の変化から、交際から一週間も経たないうちに、感づいたのだった。
自宅に到着する。玄関のドアを開けると、奥から由美が出てきて二人を出迎えた。そして、深夜の後ろに隠れるように立っていた林檎に、礼儀正しく挨拶をする。
両親は朝から不在だった。むしろ、そういう日を選んだと言うほうが、的確かもしれない。
林檎をリビングのソファーに座らせたあと、キッチンでカップに紅茶を用意していると、由美が寄ってきた。手伝いに来たのかと思いきや、そうではないらしく、ニヤニヤと口を緩ませ、内緒話をするように小声で話しかけてきた。
「林檎さん、めっちゃ可愛いね。妹として誇らしいよ。ね、どうやって仲良くなったの」
「弱味を握って脅したんだよ」
深夜は事実を言った。
「何それ、つまらない」
由美は、冗談だととったようだ。むしろ、それ以外とりようがなかった。
深夜と由美と林檎はローテーブルを囲むようにソファーに座った。林檎は由美の矢継ぎ早の質問に初めのうちは戸惑っていたが、次第に慣れていき、表情は柔らかくなっていった。どことなく楽しげに見えなくもなかった。
「で、結局二人が仲良くなったきっかけって何だったの?」
変な空気が流れる。深夜は空になったカップに口をつけ、林檎は微動だに動かなくなった。
「あれ? 私、変なこと聞いてるかな? 」
「えっと、ある日学校の体育館の裏に呼び出されて……」
林檎は、目を泳がせながら言った。
「いきなり、告白されたとか?」
由美は目を輝かせる。
「いきなり、脅された」
「だから、何なのその冗談。面白さがわからいのは私だけなのかな」
「そうじゃなくて――」深夜はフォローに入った。「あれだよ。学校に行く途中、交差点で出会い頭にぶつかって、それで話すようになったんだ」
いろいろと途中が省かれていたが、嘘は言っていない。
「へえ? なんだか釈然としないけれど。じゃあ、林檎さんは、お兄ちゃんのどこが良かったの?」
「この話はやめよう」
深夜はいたたまれなくなった。
「やだね」
由美はぺろっと舌を出した。
「せめて、俺のいないところで話してくれ」
林檎の方を見ると、うつむき加減で口元に手をあてていた。由美の質問に対して真面目に答えを探しているようだ。そして、たっぷりと時間をとったあと、思い付いたようにハッとした表情を見せる。
普段無表情なくせに、なぜ、こういうときは、わかりやすいんだろう、と深夜は疑問に思った。
そして、林檎は由美の質問に答えた。
「やさしいところ?」
熟考して出た答えがそれだった。
深夜の背中に汗が滲んだ。これまで、やさしさという言葉とは逆をいく行動をとってきたと自認していたからだ。
というか、林檎の言葉からして、疑問系だった。
「へー。お兄ちゃんは林檎さんには優しいのか」
「家では優しくないの?」
「優しいとか優しくないとかじゃなくて、そもそもお兄ちゃんって、ちょっと変じゃん」
「うん、相当」
「ていうか変態だよね」
「俺は変態じゃない」
「そんなお兄ちゃんでも、普通に女の子に優しくしたりするんだって、感心したの」
――そんな。
約束とはいえ、交際相手を家に連れてきて、妹に紹介するという、あまりに面倒なイベント。
面倒ではあったけれど。
むしろ、それこそありふれたもので。
普通の青春みたいで柄にもなく、それなりに楽しい休日だと思えた。