がらくたディスプレイ

趣味の小説置き場。どこかで誰かが読んでくれると幸せです。

『異常で非情な彼らの青春 #9』 /青春

 

 

 #9

 

 乱雑に生えた木々の中、藤守林檎は幽霊のように立ち尽くしていた。

 虚ろに――森に溶け込んでいた。

 足元には、ばらばらになった人形。初めて彼女と会話をした日、この場所での一幕を思い出す。

 人形を人間に見立てた疑似殺人。

 あの狂気を目撃したことが始まりだった。

 昼休み、深夜の寝込みを襲った林檎は逃げるようにその場をあとにした。

 そして、放課後。いつも待ち合わせをしている校門前に彼女は現れなかったが、それは予想の範囲内でもあった。午後の授業の合間に林檎の教室を覗いてみたが、どうやら彼女は教室には戻ってないようだった。

 ――さて、どうしようか。

 諦めて一人で帰る前に勘のようなものが働いた。他に思い当たる場所を知らないということもある。とっくに彼女は家に帰っていて、昼寝でもしているという可能性も、もちろんあるのだが。

 果たして勘は当たった。深夜は雑木林で立ち尽くす藤守林檎の姿を見つけた。

 それが、これまでの経緯。

 彼女の視線がこちらを向く。

 そして、沈黙。

 彼女を探してはいたが、特別話したいことがあるわけではなかった。

「あのさ」深夜は、言葉を探す「……昼間、泣いてたよな」

「泣いてない」

 と、まっすぐに答える。

 まっすぐに嘘をつく。

「いや、泣いてたよ」

「あれは、汗」

「下手なごまかしかただな」

 彼女は諦めたように、ため息をついた。そして、

「人を殺すのは、とてもとても悪いこと――」と、唄うように言った。

「ねえ、烏丸君。子供みたいなことを聞くけれど――なぜ人を殺すのはいけないことなの?」

「そりゃあ、誰だって死にたくないからだろう」

「そう、だから世界の誰もそれを許してはくれない」

「まあ、人殺しはおよそどこの国でもタブーだと思う」

「じゃあ、私は生まれながらにして、この世界のどこにも居場所がないことになる」

「……」

「だから、私はずっとひとりで、いないような人間として生きてきた。誰もいないように息を殺していた」

 それは、おそらく初めて彼女が吐露する孤独。

 彼女はきっと、好きで一人になったわけではなく。

 人が嫌いなのではなく、或は深夜のように他人に興味がないのではなく。

 そうであれば。

 初め、他人を拒絶する姿を見て、もしかしたら自分と同類ではなどと感じたが、もしかすると、まったくの逆で――

「それでよかったのに、あなたが――」

 彼女は地面に落ちていたシャベルを拾い上げる。それは、彼女が壊した人形の墓を掘るのに利用していたものだ。

 林檎は大股で距離を詰め、シャベルを天に向かって振り上げた。

 ――痛いのは嫌だな。

 深夜の脳内に、自分の頭から血が噴水のように吹き出るイメージが浮かんだ。

 しかし林檎は思い直すようにシャベルを下ろす。下ろしてから、そのまま横に薙いだ。

「――ッ!」

 脛に直撃したのは、平たい面だった。とはいえ、痛みでうずくまることになるくらいには、十分な質量を持っていた。

 そして、間髪いれず、土に押し倒される。


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「ねえ、烏丸君。私に殺されてもいいって、本気なの?」

 林檎を脅迫した日、引き換えに自分を殺せばいいと豪語した。

 今日の昼休み、実際に殺されそうになったときも抵抗しなかった。

 本当に。

 本気なのか。

 首もとにナイフを突きつけられる。それも疑似殺人に使った道具。もちろん、本物の刃物だ。

 それにしても、次から次へと凶器が出てくる。

「どうして――」

 生殺与奪の権利を手にし、圧倒的に有利な立場にいながら、林檎は困惑していた。

「笑ってるの?」

 死に恐怖しない人間などいない。

 本気ではないとたかをくくっているのか。

「俺はさ。どうやら普通じゃないみたいなんだ。藤守に比べればだいぶマシだけど。子供の時から、他人に関心がなかった。俺にとって他人ていうのは、背景のようなものなんだ。自分の世界を構成するものではあるけれど、感情移入するようなものじゃない」

 普通でない。

 異常――そして、非情。

 本当の意味で世界と隔絶されているのは――

「でも、だからといって人と関わりを持たずに生きていくことは難しかった。君がきっとそうであるように。だから、俺は、作り物の笑顔を浮かべて、普通を演じてきた」

「じゃあどうして、私に構うの」

「君は特別だ。誰かを独占したいなんて、初めて思ったんだ。俺は、ただ殺されてもいいというわけじゃない。『君になら』殺されてもいいと言ったんだ」

 いつか誰かに向ける殺意なら、いっそ自分に向けてほしいと願った。

 林檎はナイフを捨て、深夜に覆い被さった。

 頭が真横に来て、表情は伺えない。だから、その行為の意図は汲み取れない。

 体が密着していた。華奢な体躯だと思っていたが、完全に体を預けられると、しっかりとした重量を感じた。

 髪からは石鹸の匂いがした。

 体温が直に伝わり、接着面が熱を帯び始める。

「ごめん」

 林檎が何に謝っているのかは判然としなかったが、「いいよ」と深夜は答えた。そして、続ける。「いいよ。俺を殺人することを許す。世界の誰が許さなくても、俺は藤守林檎を許すよ」

 近すぎて、彼女の表情は伺えない。でも、クスリと。勘違いかもしれないけれど、笑うような吐息の気配がした。

「それは、とてもロマンチックだね」

 その言葉は耳元で響いた。