がらくたディスプレイ

趣味の小説置き場。どこかで誰かが読んでくれると幸せです。

『異常で非情な彼らの青春 #37(最終話)』 /青春

 

 

 #37

 

 

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 長い夢を見ていたーーそれは、何もない無味乾燥な日々で、でも本当は苦しくて、そしてちょっぴり甘くて、最後は幸せだったーーそんな夢。

 しかし、すぐにその夢の輪郭がぼやけていく。記憶が薄れ、思い出せなくなる。

 私は、誰だ。

 藤守林檎ーーそれが私の名前だ。

 今も昔もずっと、変わらない。私は私。当たり前だ。

 でも、夢の中では違う自分だったーーそんな気がしたんだ。

 

 ◇

 

 暖かくなってきた。

 最近、学校に行くのが楽しい。

 学校というもの、集団生活というものが始まって以来、記憶する限り初めてのことではないだろうか。

 ずっといじめられていたわけじゃないけれど。

 ずっと、孤独だったから。

 いや、一度だけそうじゃないときもあった。カナと出会った頃だ。でもそれもほんの一瞬のことだった。カナと仲が良かったのは主に夏の間だったから。

 でも、最近は全てが順調だ。

 カナがこの街に帰ってきて。

 そして、仲直りができた。

 わかってる。

 私は不器用だから、どうしようもなく、ひとりじゃ駄目なんだ。

 カナのような理解者が私には必要なんだ。

 だから、うまくいっている。

 最近はほかにも友達と呼べる人はできたけれど、やはりカナは特別だった。

 私には両手にあふれるほど素敵な日々。

 なのに、さらに贅沢なことに、好きな人までできた。

 私は今、恋をしている。

 恋ーー本の中の出来事だと思っていたこそばゆい言葉。

 その彼とは話をしたことがない。それで恋なんてと笑われそうだが、事実なのでしようがない。

 教室の隅でいつもひとりでいる彼を、廊下から横目で見るだけだ。

 ちょっと前までの自分みたいだからだろうか。

 すごく気になって。

 気がつけば好きなっていた。

 

 ◇

 

 4月。

 今日から学年が上がる。

 2週間ぶりの制服に着替えて外へ出る。髪を揺らす風に、草花の匂いを感じた。

 少し伸びて肩にかかっていた髪も、昨日切ってさっぱりした。心機一転。今日からまた、素敵な日々が始まりますように。

 カナと同じクラスになれるといいな。そんなふわふわした妄想をしながら歩いているから、大失態を犯す。

 学校に向かう途中の交差点。高いブロック塀により死角となっていたところから出て来た人と、出会い頭にぶつかった。タイミングがぴったりと合っていたとはいえ、あまりに不用意だった。

 私は、アスファルトの上に尻もちをついた。

 ぶつかったのは、同じ高校の生徒のようだった。

 見おろされている。

 それが、誰であるかわかって、汗が出る。

「あ……」

 よりによってだ。

 こんな偶然ってあるのだろうか。

 それは、私が恋心を抱いている男の子だった。

 私とは意味が違うだろうが、彼も驚いているようだった。彼のことをどれだけ知っているのかという話だけれど、見たこともないくらいに驚いている。いつもクールで、顔の筋肉がないのかというくらいの無表情しか見たことがなかった。

 まあ、向こうからしてみても事故なのだから、驚くのも当然だった。

「大丈夫……か?」

 彼は言う。

 私は立ち上がり、スカートをはたく。

「うん、大丈夫……」

 初めて言葉を交わした瞬間だった。心臓がバクバクいっている。

「そうか。それは良かった」

 それだけ言って、背を向ける。超無愛想だった。

 これでいいの?

 これはきっかけじゃないのか。

 偶然なんかじゃない。

 運命的な何かではないのか。

 これが本の中の出来事なら、ここから物語が始まるのではないのか。

「あ、あの」

 勇気を振り絞って出した声は震えたいた。

 彼が振り返る。

「何?」

「同じ学校だよね……」

「……」

「あの……」

「制服を見ればわかるよな。そのために制服を着ているんだ」

 変な人だった。いや、それはわかっていたことだけれど。

 言葉をどう繋げていいかわからない。でも、何か言わなきゃ。

「同じ、学年だよね?」

「まず、あんたの学年を知らない」

「そっか。2……じゃなくて今日から3年生だよ」

「うん、それなら、同じだ」

「じゃあ、クラスは?」

「今日、決まる」

 それはそうだ。相当テンパってる、私。

「じゃあ、名前は?」

 本当は知ってるけど。

山田太郎

「嘘だよ!」

「何で嘘だってわかるんだよ」

 しまった。

「それは……」

「烏丸深夜だ」

 彼は無愛想に答えた。

「そう、いい名前だね」

「そっちは?」

 会話の流れだとしても、彼が私の名前を聞いてくれたことが嬉しかった。

「藤守林檎……だよ」

「そうか……いい名前だな」

 今度こそ先を行く烏丸君。

 学校に向かって。

 行く先は一緒だった。

 烏丸君の隣に並んで歩いてみる。

 烏丸君は特に何も言わなかった。

 わっ。私すごいことしてる。

 胸のドキドキが止まらなかった。

 学校に着くまで、これといって言葉を交わすことはなかったけれど。

 いつか、彼の笑顔を見てみたい。そう思った。

 

 物語は始まったのだろうか。

 いや、始めたんだ。

 私の恋の物語は、きっと、ここからーー

 

 

 


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『異常で非情な彼らの青春』 終