がらくたディスプレイ

趣味の小説置き場。どこかで誰かが読んでくれると幸せです。

全2話『実験室 #1』 /ホラー


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 #1

 

 見知らぬ部屋で目を覚ました。

「……」

 上半身を起こし、ぐるりと首を回転させる。

 殺風景な部屋だった。椅子の一つもない。

 四方の壁、そして床や壁もコンクリートでできており、ものすごく無機質な感じだ。ということは、どうやら俺はコンクリートの上で眠りこけていたらしい。どうりで体のあちこちが痛いわけだ。

 広さは10畳くらいだろうか。

窓はなかったが、天井に備え付けられた照明が部屋を照らしているので、視界は十分に明るかった。あとは……一方の壁に金属製の扉があった。

 取っ手をつかみ、前後に揺すってみるが、びくともしない。扉には南京錠に使われるようなダイヤルが、いくつか並べて埋めこまれていた。

 ――鍵だろうか。

 ダイヤルを回し、正しい数字の組み合わせにすれば、扉が開くということだろうか。

 というか、その前に考えることがあるだろう。それは、いったいここがどこで、どういう経緯で俺はこんなところで眠っていたのだろうか、ということだ。

 記憶をさかのぼる。

 一番新しい記憶は――

「……あ?」

 なかった。

 どこまでさかのぼっても、思い出せる記憶がなかった。記憶の引き出しの中身は、からっぽだった。

 ここに至るまでの経緯も。

 どこに住んでいたとか、仕事は何をしていたとか。

 自分が、何者なのかさえ。

 見知らぬ部屋どころではない。知っているものが何もない。

 いや、知識はあると言えるのか。この部屋の壁の材質がコンクリートであることは知っているし、自分が人間であることも知っている。そして、今の自分の脳の状態もおそらく知っている。

 記憶喪失。

 そうに違いなかった。

 

 ◇

 

 南京錠を連想させるダイヤル。それが、横に1、2、……5個並んでいる。適当に回してみる。カチカチと音がして、数字が回転していく。数字はそれぞれ0から9まであった。

 つまり、00000から、99999までの、10万通りの数字がつくれるということだ。たぶん、そのうちの1つがこの扉を開けるためのコードとなっている。

 唯一外と繫がる出入口と、脱出できるかもしれない方法。ほかに選択肢などあろうはずがない。俺は、早速ダイヤルを回し始めた。

 

 ◇

 

 00000、00001、00002……という順番で数字を合わせていくか、逆に99999、99998、99997……としていくか、少しだけ迷ったが、妙にひねくれず00000から始めることにした。

 ひとつダイヤルを回し、扉を前後に揺する。扉が開かないことを確認し、またダイヤルを回す。その動作を繰り返して行く。

 00100までいったときに、10万という数字の途方もなさに気が付き、気が遠くなった。仮に50000あたりで鍵が開いたとして、今のペースであと何日かかるのか。

 そこで、自分が、酷く腹が減っていることに気がつく。喉もからからだった。

 そして、背中がぞくりとした。

 ここに来て、ようやく、事の深刻さに気が付く。脱出が遅れれば、最悪餓死してしまうなんてことがありうるのだ。

 では、ここから外に出れば助かるだろうか。

 もちろん、その確証はない。

 なぜ、俺がこんなところに閉じ込められているのかは、記憶がないのでわからないが、何者かの悪意による可能性が高いと推測できる。

 この部屋を出ることだけで、その悪意から逃れられる可能性は低い気がする。この部屋を出ても、まだクリアしなければならない困難があるに違いない。

 しかし、どんな状況でも希望はあるはずだ。この体が動く限りは、何かができるはずだ。

 そして、ここを出れば――自分が何者であるかもわかるかもしれない。

 少なくとも、ここで、何もしないよりはマシなはずだ。今俺にできることは、ひたすらダイヤルを回し、できるだけ体力を残した状態でここを脱出することだ。

 それでも――だ。

 ずっと同じ作業を続けていては気が滅入ってくる。

「あー」

 俺は、フラストレーションを吐き出すように声をあげて、背を反らせた。

 コンクリートの天井。たまたま視線を向けた先に、黒い点を見つけた。

 虫……いや、穴か?

 少しでも近づこうと、つま先立ちになり、よく観察する。

 穴の中にある、カメラのレンズのようなものと目が合った。