『異常で非情な彼らの青春 #30』 /青春
#30
林檎ほ困惑した。自分に話があるという女子生徒――八重島カナが何者であるかは理解していたのだが――
「この前も言ったけれど、私は、あなたのことを知らない」
「うん。あなたが、僕の知っている林檎ではないことは理解している」
事の顛末――幼い藤守林檎に起こった出来事を、深夜は、あらかたカナには話していた。もちろん林檎に許可をとってのことである。
とはいえ、深夜も決して親切な性格をしているわけではないので、あくまで端的に深夜が知っており、カナが知らないことを伝えただけだ。説明すると何とも現実離れした話だったが、カナはそれをすんなりと受け容れた。
「そういうこと。だから、あなたと話すことは何もない」
冷たく言う林檎。
なぜ――彼女はそうやって突き放すのか。
それは、もはや呪いだった。それは、彼女自身でかけた呪い。或いは戒めかもしれない。
カナは首を横に振った。
「僕は、今のあなたと話がしたい。僕は、今のあなたと――友達になりたいんだ」
何度も拒絶され、それでもなお、カナはそう言った。
「どうして?」
林檎は、キョトンとした目をカナに向ける。
「どうしてだろう。自分でもよくわからない。もしかすると、そもそも、あなたの顔が好きなのかもしれない」
カナは冗談めかして言った。
「今の私は、もうすぐ消える――あなたの知っている藤守林檎も戻ってくるわ。今、私と仲良くする必要はないと思うけれど……」
「ううん、それならなおさら、その間だけでも、友達になろうよ。僕は今のあなたと友達になりたい。まあ、私は、この変態深夜と違って、首を締められたりするのは嫌だけれど――」
そんなことがあった日の放課後――学校からの帰り路のこと。
「これまで、殺人鬼である私は、ずっとひとりでいるのが当然だと思っていた。けれど、間違っていたのかもしれない。私は私のままで、受け入れてくれる人はいたのに。深夜や彼女のように……」
林檎は深夜にそう打ち明けた。
生まれながらの殺人鬼――それは存在意義としてその役割を付与されたという意味だ。
例えば、この世に犬として生まれれば、知能を得ようが、2本足で歩こうが、犬であることには変わりがないように、そのように発生したのなら、殺人鬼であるという属性は、ずっと付き纏う。
でも、だからといって、人との関わりを一切絶たなければならないということではない。それは彼女が自らに課した呪いのようなものだ。
おそらくは、眠っている本来の藤守林檎に対する負い目でもあったのだろうが、ともかく。
人を殺したいと考えている彼女にとって、人と一緒に居るという選択は、確かに困難を伴うものかもしれない。しかし、深夜が例外であったように、絶対に成立しないということではない。
「まあ、藤守の場合は……」
「林檎……昨日はそう呼んでいた」
「林檎の場合は、極端だった気がする。別にすべての人間を拒絶する必要はなかったんだよ」
そして、その交差点に差し掛かる。
二人が初めて出会った――運命が交差した場所。
「あなたと最初に出会ったのはこの場所だった……」
林檎は呟いた。
「覚えてたんだ」
そういえば、と深夜は思う。あの朝の出来事については、後になっても話をした記憶がない。はっきりと会話をしたのは、その日の夕方のことだったから。
「覚えてる。わりと衝撃的だったから」
衝撃というか、衝突だった。
烏丸深夜と、藤守林檎は、この交差点で、出会い頭にぶつかった。それが二人の出会い。まるでラブコメ漫画の冒頭の演出のような。
「ガン無視されたけどな」
「うん」
「ある意味。そっちのほうが衝撃的だったが」
まるで何も無かったかのように、誰も瞳に写ってないかのように。
そして、だからこそ、深夜は彼女のことが気になった。他人に一切関心を示さないはずの深夜の心が、わずかに揺らめいだ。
彼女の浮世離れしたオーラが、もしかしたら自分と同類であるのではないかと思わせた。
結果から言うとそれは見当違いだったのだけれど。
仕方なく世間に付き合っていた、深夜。
仕方なく世間から離れていた、林檎。
「ずっとそうしてきたから。それ以外知らなかったから。でも今は思う。あの時もっと違う反応もできたんじゃないかって」
それは変化。
深夜やカナとの出会いにより、関係することにより起きた変化だ。
「もしかしたら違う出会い方もあったのかもしれないって。でももし、あのとき私が普通の女の子のように振る舞えていたら、もし、私がもっと普通だったのなら、私達は今のような関係にはなってなかったのかな」
異常な深夜は普通でない林檎に恋をした。普通でないからこそ林檎に惹かれた。
しかし、深夜は少し考えて
「いや――どうだろうな」
もともと深夜は、たとえそれが取り繕うようなものであったとしても、それなりに他人との付き合いはしていた。だから、案外、恋人もそれなりに作ることもできたかもしれないし、他人ににまるで関心がなかった深夜が、それでもちゃんと人を好きになれたのだ。
何が起こるかわからない。
林檎が変わったように。
人は変わり得る。
それに――
「ん?」
差し伸ばされた深夜の手を、林檎は不思議そうに眺めた。
「あのとき、こんな感じで手を出して、怪我なかったか、的なことを言ったと思うんだ」
「え? うん」
「だから、さ。普通に出会えてたら、どんな感じだったのかなって」
それに――例え仮初めだったとしても、普通の男女として付き合えていたら、彼女が消えてしまうなんて悲しい結末もなかったかもしれないから。
ずっと一緒にいられたかもしれなかったから。
林檎は深夜の手を取った。
「うん、大丈夫……だよ」
「……」
「……」
「何か会話を続けてくれ」
「私が?」
「普通の女の子っぽく」
「同じ学校だよね……とか?」
「制服を見ればわかるよな。そのために制服を着ているんだ」
「変な人」
「次は?」
「うーん。何年生? とか」
「2年だ」
「じゃ同じだね。クラスは?」
「D組」
「私はB組。名前は?」
「烏丸深夜」
「そう、どことなく不吉な名前だね」
「そっちは?」
「藤守林檎」
「そうか……どことなく、童話に出てきそうな名前だな」
それが出会い。
そして、二人は次第に学校でも話をするようになり、一緒に過ごす時間が多くなる。そして、恋が始まる。やがて、そこにカナも加わり、正常で普通で健康的で賑やかで楽しい日々が始まり、そして、続いていく。
いつまでも。
この日、二人はそんな夢を見た。