『異常で非情な彼らの青春 #32』 /青春
#32
深夜の家から林檎の家までの帰り道。その道程を二人並んで歩く。
公園の前を通り掛かる。今朝、深夜と林檎が待ち合わせをした公園だ。林檎は深夜の袖を引いて、公園の中に招き入れた。
住宅街の中ということもあって、それほど大きい公園ではない。子供用の遊具とベンチがちらほらある程度のものだ。
日が暮れるのが随分と早くなった。辺りは薄暗く、寒く、公園内は閑散としていた。
「改めて言うけれど、私は、この2学期が終わったら――あと2週間もすれば、消えてしまう」
話を切り出す林檎。
そのことについては深夜は十分に理解していた。油断すれば忘れそうになるが、ずっと続くと思ってしまいそうな今日のような弛緩した幸福には期限がある。そういう前提の今だ。忘れそうになったとしても、忘れた日はない。
「それは私が決めたこと。でも――」
薄暗くなった空を見上げながら、
「少しだけ、それが怖くなった……かもしない」
「じゃあ、やめればいい。ずっと、ここにいたらいい」
それが、深夜の本音だった。もし、彼女の決心が揺らぐようなら、それが一番深夜にとっては都合が良かった。
本来の藤守林檎のことなんて忘れてしまえばいい。
本当の自分の姿なんて忘れてしまえばいい。
それでいいじないか。
それでハッピーエンドでいいじゃないか。
しかし、林檎は首を横に振る。
「もう、決めたことだから。でも、少しだけ、未練のようなものもできた。深夜と出会ってから、そして特に最近は、こんな私でも楽しいって感じているんだ。こんな私でも一緒にいてくれる人がいるから。こんな私のことを、友だちだと言ってくれる人がいるから――八重島さんに、そして由美ちゃんも――」
◇
「林檎さん、今度どこか遊びに行こうよ」
帰り際、玄関で由美はそう、提案した。口ぶりからして社交辞令というわけではなさそうだ。
「遊びにって、3人で?」
林檎は、深夜と由美を交互に見た。
「ううん、二人で」
「由美ちゃんと私で?」
「林檎さんと私で」
目をぱちくりさせる。それじゃあ、まるで――
「友達みたいだね」
「変なこというなあ。私達、もう友達だよ」
「そうなんだ」
「林檎さんは私と友達は嫌なの?」
「そういうわけじゃない……」
「じゃあ、今日から私たちは友達だね――って、こうのって別に、宣言するものじゃないと思うんだ。友達って、いつの間にかそうなってるものじゃない?」
◇
「責任……とってほしいな」
林檎は独り言のように呟いたが、独り言のわけはない――深夜への控えめな要求だ。林檎はブランコに腰を降ろしていた。もちろん、子供のように大きく漕いでいるわけではなく、微かに前後に揺れていた。冷え切った鉄の鎖が軋む。
「責任?」
「そう、責任。私がこんなふうになったのは、深夜のせいだだから」
「俺のせい――か……」
「そう、深夜のせい。あの日、私と出会ったから――私を見つけたから……」
思えば、彼女は深夜と出会ってから不安定になったのかもしれない。それまでの彼女は正真正銘一人で、だからこそ完結していただろうから。
「深夜が私に興味を持ったから……」
そして、それから、いろいろあって。遠い街から帰ってきたカナとも関わるようになって。結果、林檎は本当のことを思い出すことになって――
「私が深夜のことを好きになったから……」
だから、というわけではないが、間違いなくそれは要因のひとつで。
結果――彼女は自ら自分の存在を消す決心をした。
「深夜、出会った頃、言ったよね。私が誰かを殺せばその人が私にとっての特別になる。それは嫌だって」
それは、随分と懐かしい会話だった。林檎の殺人鬼としての本性を垣間見た深夜は、次の日、体育館裏に彼女を呼びだした。その時の会話。思えば、このときすでに深夜は、林檎にどうしようもなく惹かれていて、そしてその気持ちを伝えていた。
深夜は微笑んだ。
優しげに――微笑んだ。
「だったら、いっそ――そんな未来が来るならいっそ、俺が殺されればいいと思ったんだ。そうすれば、俺が君の特別になれるから……」
それが始まり。自分と彼女が一緒にいれば、いつか自分がその誰かになるかもしれないと思った。
「でも、できない。残念だけれど深夜を特別にはしてあげれない。私は、殺人鬼として生まれながら、誰も殺さず死んでいく。深夜は特別だけれど、そういう意味での特別にはしてあげられない。だから、代わりに――」
林檎はブランコから降り、そして、深夜に向かい合った。
「代わりに、私を――」
――違う。
「私を――深夜の特別にしてほしい」
――そうじゃない。そうじゃなんだよ。俺が見たかったのは。
「深夜が――」
決して笑顔を見せなかった少女は、
学校でも有名な笑わない少女は、
「私を殺して」
悲しげな笑みを口元に浮かべていた。