『異常で非情な彼らの青春 #29』 /青春
#29
昼休み。体育館裏には、久しぶりに、藤守林檎の姿があった。不登校になっていた1ヶ月間という空白が嘘であったかのように、そこに馴染んでいる。そこにいるのが、当たり前で自然に思えた。
以前と変わったのは、深夜が記憶している制服姿よりも厚着になっていたことだ。
この1ヶ月で一気に気温が下がっていた。永遠に続くかと思われただるい夏が終わり、深夜は藤守林檎と出会った。駆け抜けるように秋が過ぎて、そして冬が始まろうとしている。
コンクリートに並んで腰を下ろし、深夜と林檎は、体育館の外壁を背にして弁当を広げる。
そこには、日常があった。林檎と出会ってからのことなので、ほんの最近の習慣のはずなのに、ずっと前からこうしていたかのような錯覚がある。
ただし、二人の関係は変わっていた。脅迫でも強要でもなく、二人は晴れて合意のもと、恋人関係になった。それが昨日の話だ。
深夜の言う『知り合い以上友達未満』の関係から、飛び級での昇格だった。変わることのないと思っていたものも、変わるときには案外あっさりと変わるものだ。
そう、深夜は変わらないと思っていた。どれだけ自分が思いを寄せようと、どだい最初の部分が間違っているので、それ以上の関係にはなり得ないと思っていたし、かねてから、そう、宣言していた。結果から言えば深夜の思い込みであったのだが。
もっも、表面上の名目はどうあれ、根っこの部分の関係は変わらないのだろうが。深夜からすれば、林檎は唯一関心の持てる相手だし、林檎からしてみれば、唯一殺人鬼という属性を持った自分の存在を許容してくれる相手だった。
新しい関係。
変わらないようでいて――少しだけ変わるかもしれない日常。
ただし、それらは、林檎本人の口から終わりが宣言されていた。
余命宣告がなされていた。
二学期が終わる日、目の前の藤守林檎は深夜の前からいなくなる。
冬休みが明けて登校してくる藤守林檎は、深夜の知る彼女ではない。例えば交差点でぶつかったとしても、見知らぬ他人として扱われるだろう――もちろん、初めて出会ったときのように、まるっきり無視というわけではないだろうが、彼女にとって見知らぬ男子生徒である深夜に、会釈でもして、それで終わりだろう。
だから、その前に――他人になる前に、深夜には一つの願いがあった。
笑わないお姫様と呼ばれる今の藤守林檎。その笑った顔を見てみたい。
深夜はそれを、林檎に告げた。
「あはははは」
それを聞いた林檎は笑った――ような声をあげた。顔は全く笑っていなかった。
「トリッキーなことをするな」
「せっかくのお願いだけれど、それは無理。これ(無表情)は、アイデンティティみたいなものだから。というか今更恥ずかしい」
「それを聞いたら、ますます笑わせたくなるな」
深夜は両の手のひらを林檎に向け、握ったり開いたりしてみせる。くすぐるという、まさかの強硬手段を実行するという意思表示だった。
「それをやったら本当に殺すから」
「……」
――しまった! こういうことじゃないのか!
異性と交際したことのない深夜は、恋人との距離感を測りかねていた。
「笑った顔は見せられないけれど、というか見せる気がないけれど、これじゃだめかな」
林檎は目を閉じ、口を軽く尖らせた。
「何それ」
「キス顔」
「なぜ、そうなる」
「笑顔の代わり」
言って深夜の首に手を回す。
「まっ、待て」
「今更躊躇う必要があるの? 深夜。昨日したことを忘れたわけじゃないでしょ?」
「昨日のが夢じゃないことを確認できて安心したよ。でも、ここは学校だ。人に見られるかもしれない」
「人なんて来たことないでしょ」
「お前、キャラ変わってないか?」
「そうね、少し高揚しているのかもしれない。こういうのをツンデレというのかな」
「……どうだろうな」
「いや、むしろ私の場合、ヤンデレの分類になるのかしら」
「いや、お前はただ病んでるだけだよ」
「楽しそうで何よりだけれど僕、結構前からいるからね」
それは、深夜でも林檎でもない第三者の声だった。
林檎は知らなかったようだが、この場所が行動範囲に入っている人間が、この学校にはもうひとりいた。名前を八重島カナという。
林檎はというと固まっていた。そして、顔は赤かった。赤い果実のように赤かった。
「何だ、何か用か?」
深夜は少し不機嫌になった。実は今日から林檎が復帰することは、カナにも伝えていた。そうなれば、当然ここには来ないだろうと踏んでいたのだが、読みが外れたらしい。
「深夜君に用はないよ。話があるのはこの子の方だよ」
カナは固まったままの林檎を見据えた。