がらくたディスプレイ

趣味の小説置き場。どこかで誰かが読んでくれると幸せです。

『異常で非情な彼らの青春 #13』 /青春

 

 

 #13
 

 夕食のあと、自室で深夜が机に向かって座っていると、背後からドアをノックする音がした。

 「入るよー」と言う宣言に返事をする間もなく、言葉通りづかづかと侵入してきたのは、妹の由美だった。

 深夜も一応は年頃の男子である。許可なく部屋に入ってくるのはやめてほしいと思ったが、ノックで事前に報せているだけ、ましなのかもしれない――事実、机の上に開いていた冊子を引き出しの中に隠すくらいはできたのだから。

 由美は風呂あがりのようだった。湿った髪から、深夜のものとは違うシャンプーの匂いが拡がる。

「ね、行ってきたんでしょ? 『藤守』さんの家」

 昼間、林檎に家に誘われた時点で、由美にはスマホで報告していたことを思い出す。

「ん、まあ」

「で、どうだった? チューとかした?」
 キラキラした目――この子はどうして、こうも、兄の恋愛事情に興味を示すのか。

「しない。熱い緑茶飲みながら、並んで読書してただけだよ」

 言葉のとおりだった。

 あれから、林檎の部屋でしたことはそれくらいだ。林檎はいつも昼休みそうしているように文庫本を読み、深夜も彼女の立派な本棚からおすすめの短編集を借りた。ひとつ読み終えた頃、日が落ちる前に帰宅した。

「それだけ?」

「ああ」 

「何だつまらないの。それで欲求不満で、そんなものを見てたんだね」

「そんなもの?」

「さっき、机の引き出しに隠したでしょ? いいんだよ、健全な男子なら普通だもの。むしろお兄ちゃんも健全な男子っぽいところがあって安心したよ」

「いや、何か勘違いしてるって」

「別に隠さなくたっていいじゃん、エッチい本くらいで」

 由美は深夜を押しのけ、机の引き出しを開けた。

「――え?」

 想像とは異なる重々しい装丁の冊子。手に取るとずっしりと重い。

 ページをめくる由美。やはり間違いない。それは卒業アルバムだった。しかも深夜や由美が通っていた母校とは違う、他の校区の小学校のもの。

 それは、深夜が今日、林檎の家の押し入れの中から発見し、持ち帰ろうと即断して自分のリュックに詰め込んだものだったのだが、そんなこと、由美にとっては知るよしもない。兄が部屋でこそこそと見ていたのは、由美の言うような『エッチい本』ではなく、よその校区の小学校の卒業アルバムだった。その意味を、彼女なりに飲みこんで――

「は、はは、ははははは」由美は哄笑した。「いやいやいや。ないない。これはない」

「由美?」

「私もお兄ちゃんの普通じゃなさを、それなりに察して、それなりに受け入れてきたつもりだったけど、こいつはさすがにヘビーだぜ」

「いや、勘違いしてる。何か変態っぽい想像してるだろ」

「勘違い? そう、そうだよね。いくらお兄ちゃんでも、そこまで変態なはずはないよね」

「そう、俺は変態ではない」

「じゃあ、よその小学校の卒業アルバムを観賞することが、変態行為でないとしたら、いったい何なのかな」

 すがるように、納得のいく説明を求める。納得のいく説明であることを願う。

「えーと、ほらあれだ。お前言ってたろ、藤守の写真見せろって」

「藤守林檎さんの……写真?」

 由美は恐る恐る、ページをめくる。
 あるページで手がとまる。見開きで、各々の児童の胸から上の写真がずらっと並んでいるページ。写真の下には児童の氏名が記載されていた。
 由美はそこに『藤守林檎』の名前を見つける。


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 由美の顔がみるみる青ざめていく。

「藤守林檎……お兄ちゃんが好きになった女の子……子ども?」

「いや、由美。その三段論法は間違っている」

「ようやく、お兄ちゃんも、年相応に健全に青春らしいことをしだして、喜んでたのに。結局、こんなことかよ。最高に不健全じゃねえか」
 悲しさに涙が込み上げる。体は小刻みに震えていた。

「よく、考えろ。卒アルがあるということは――」

「いいよ、もう。何も言わない。うん、お兄ちゃんはそれでいいんじゃない。もう、何も期待しないよ」

 アルバムを机の上におき、ふらふらと部屋を出ていく由美。入ってきたときのテンションは見る影もない。妖怪か何かに生気を抜かれたようだった。

「ちょっ、待――」

 呼び止める前に行ってしまう。

 ――ま、いいか。

 誤解はすぐとけるだろう。さっき言いかけたが、卒業アルバムがある以上、『藤守林檎』は現在小学生ではないというのは、当然の理屈だった。

 アルバムは、先程のページが開かれていた。

 ――小学生の頃の藤守……も、悪くない。

 好きな女子の小学生の頃の写真を見たいというのは、自然なことだろう。部屋から勝手に拝借するのは別として。

 何とはなしに、他の写真も眺めていると、同じページに、少し気になる名前を見つけた。

「八重島カナ……」

 当然、名前のすぐ上には写真が載っている。まあ、間違いないだろう。最近知り合った、あの八重島カナと同一人物だ。

 

 ページをめくっていく。

 林檎の写真があった。学校内で撮られたもののようだ。

 林檎のすぐ隣にはカナがいた。

 林檎とカナのツーショット。たまたま居合わせたというわけではなさそうだ。

 二人は寄り添っていた。距離感から2人の親密さがうかがえる。

 2人の手は確かに繋がれていた。