がらくたディスプレイ

趣味の小説置き場。どこかで誰かが読んでくれると幸せです。

『未観測Heroines #55』 /小説/長編

 

sokohakage.hatenablog.com

 

♯55

 

「子供の頃、私はこの子にあまり良い感情を持っていなかった」

 寝間着姿の見来はひざに乗せた緩慢な動きの猫を撫でながら言った。髪からはシャンプーの匂いが漂っていた。

 二人、縁側に並んで座り、空を眺める。星がとても綺麗だった。

「五可君を取られた気がしたから。私、あの頃、五可君のことが好きだったんだよ」

「え?」

「ごめんね。変な意味じゃないの。当時の気持ちを話しただけ……」

「だとしても、反応に困るな」

「だよね。じゃあ、告白ついでに、懺悔もします。あの年は本当にいろいろなことがあったんだ。あれは、きっと私の人生の分岐点だった」

「……」

 分岐、そして懺悔。見来が話そうとしていることに、見当はついていた……

「ある雪の日。私はこの子を川に落とそうとしました……」

「……どういうこと?」

「そのままの意味だよ。引いた? 引くよね」

 湧き上がる黒い感情を抑える。

「いや。だって、実際にはやってないんだろ?」

 その時の子猫がまだ生きていて、現在見来の膝の上でくつろいでいるということは、そういうことだ。見来は首を振った。

「そんなことを考えてしまうだけで十分悪い子だよ。実際に、私はこの子を橋の上まで連れて行って、欄干から空中に突き出した。あと、ほんの少し何かが背中を押していたら、私はその手を離していたかもしれない。ごめんって言いながら、そのまま、この子を抱きしめて、そのまま家に連れて帰った。そして、お母さんとお父さんにわがままを言った。この子を家で飼いたいって。両親の状況が、それどころじゃないことはわかってたけれど」

「そういうことだったのか」

「そのうち、両親が離婚することになって、五可君と離れ離れになって。心細くても、この子がいてくれた。本当に感謝してる」

 と、そこで、風呂上がりの胡桃が姿を現す。服は妹の部屋着を借りていた。胡桃は妹の隣に座った。髪を下ろしてると、マジで見た目変わらないよな、この二人。

「で、どうするんだ約束は?」

 と胡桃。

 『約束』そう、それがことの発端だ。

 それは十年前。

 俺と見来が山で遭難し、雨をしのいだ洞窟の土に埋めた髪飾り。

 10年前の約束。無事、山を出ることができたら――大きくなったら、二人で取りに来ようという約束。

 その約束を、ひとりでも叶えようとした見来だったが、結局、目的は達せられていないままだ。

「せっかくだ。明日また、ふたりであの山に挑戦するといい」

 見来とアイコンタクトをとる。見来の目に意思を感じる。俺は頷いた。

「いや、五可君とも会えたし、もういいかな……」

「俺も同じ気持ちだ。正直、明日もう一回というのは御免被りたい」

「学校もあるしね」

「そうだな、学校は大事だ」

 ロマンも根性もなかった。胡桃は返答を聞いて、なぜか安心した様子だった。

「そうか。それは良かった」

「?」

「いや、どうしようか迷ったんだ。一秒ほどな。ほら」

 手のひらには星型の飾りのついた髪留めが隠されていた。

「見来を探しているときに、それらしい洞窟を見つけたんだ。お前達、目印に大きな石を置いておいただろう。ピンときたよ。そして勝手に掘り起こしておいた」

 それもどうかと思うが、正直ほっとしている。うん、やっぱりこの約束は、どういう形であれ、ちゃんと果たされないといけない。

「もちろん僕の分もある」

 と、取り出したのは、同じ形の髪留め。それは彼女が頑なに使い続けていたもの。
 十年ぶりにお揃いの髪留めをつけて、姉妹は笑っ合った。

 


■2022年11月24日(木)

 

 

 一泊し、朝。見来が学校に出かけるのに合わせて、家を出た。また会いに来るという、新しい『約束』を残して。

 

 

 f:id:sokohakage:20230820230305j:image

 

 

 俺たちはまだ大人じゃないが、子供でもない。連絡先は交換したし、住んでいる場所は離れていても、繋がろうと思えば今どきいくらでも繋がれる。

 手を振る胡桃と別れ、俺と胡桃は駅へ向かった。

 


 ◇

 


「はー、やっぱ家、最高」

 タマと二人で帰宅。

 自室に到着するなり、俺はベッドに寝転がった。

「だらしがないにゃ。まだ若いのに」

「いや、実際問題、体ガタガタだって」

 今日は平日で、2日連続で学校を休んだことになる。しかし、俺が抱えていた大問題が、ほぼ解決されたことを思えば、些末なことだ。

 状況を整理する。あと俺がやらなくちゃいけないことは――

「昨日、このB世界で見来の事故を防いだことで、A世界の見来が死ぬこともなくなったはずだ。すぐにA世界に戻ってもいいんだけど、こっちのほうで、胡桃の無事を確認したほうが効率がいいかもな。A世界の見来の死を悲観して、A世界の綾ノ胡桃が自殺する。そして、その影響でこっちのB世界の胡桃も死亡するというのが俺の推理だ。だから、回り回って今回、こっちのB世界の胡桃の死も回避されるはずだ。それが、明後日。11月26日土曜日の11時45分。そこまで確認して、その夕方に俺も死んで、A世界に戻る――」

 こんな感じか。

「長いにゃ! そんな消化試合いらないにゃー! もうクリアでいいにゃ! おめでとう五可!」

 猫耳眼帯少女が大袈裟に拍手する。

「そんななげやりな」

「実は神様から知らせが来てるにゃ。見事謎を解き明かして、ゲームクリアにゃ。全クリにゃ。A世界に戻っても胡桃は死なないし、胡桃も無事にゃ」

「そう……なのか。本当に……」

 俺は、やり遂げたのか。ついに。正直実感がないというか、ふわふわと宙を浮いているような気持ちだ。

「では、ここで報酬の発表にゃ」

「報酬?」

「言ってなかったかにゃ? 言ったような気もするが。まあ、それはどちらでもいいにゃ。見事ゲームをクリアした五可には報酬があるにゃ」

「え、何々? 最新のゲーム機とかくれんの?」

「ちっちっち。そんなちゃちなものじゃないにゃ。五可には、どろろろ――」

 ドラムロールのマネだろうか。しかし舌がうまく回っていなかった。

「永遠の愛をプレゼントするにゃ」

「はい?」

 何だか、小っ恥ずかしいワードが出てきたような。

「胡桃か見来。どちらかを選ぶにゃ。神様の力で彼女らのいずれかの愛を、五可は永遠に手にすることができるにゃ」

 嬉々とした表情で、人差し指を立てる。

「言っただろう。私は五可に幸せになってもらいたいにゃ」

 

 

/つづく

 

 

※各話一覧、ほかの小説、その他記事は「カテゴリー」から