『未観測Heroines #48』 /小説/長編
♯48
□11月26日(土)
滞りなく胡桃の葬儀が執り行われ、無事俺の幼馴染が骨になったあと、俺は寄り道することなく帰宅し、自分の部屋に直行する。
「タマ、いるか?」
呼びかけると、もそもそと押し入れから、タマが這い出てきた。
「にぁあ」
包帯で片目を塞いだ猫耳少女。
声に力はなく、動きも緩慢だ。
寝て起きたら直っているとか、一回タイムリープしたら戻っているとかを期待したのだけど、彼女へのダメージは、そういう類のものではないらしい。
「いくぞ、タマ」
どんなに弱っていても、そこは彼女に頼るしかない。
「もう、いいのかにゃ?」
「ああ」
この日時まで粘ったのには理由があった――が、ここでは割愛。
「いくぞ、全部終わらせに」
■11月22日(火)
そして、B世界、22日の朝に目覚める。俺から見ればイフの世界――俺の見知った世界はAのほうだ。これまで、俺はA世界の綾ノ胡桃を助けることにやっきになっていたが、意外にも、俺のなすべきことは、こちらの世界の側にあったんだ。
俺は服を着替えるとすぐに、綾ノ家に向かった。いつものように、玄関を素通りし、正面の階段を登る。
2階に出てすぐ右側にある部屋のドアを開けると、そこにはベッドですやすやと寝息を立てる綾ノ胡桃の姿があった。
再確認しておくが、こちらの世界の『綾ノ胡桃』と俺の関係は、決して良好ではない。
仲の良い幼馴染などではもちろんなく、何なら会話すらしない。
今、ここにいるのだって、本当は容赦なく不法侵入だ。そんな、無法者の前で、すやすやと寝息を立てていた少女の目がすっと開く。
「………………五可?」
起き上がった部屋の主は、とりあえずは、怪訝そうな顔をする。名探偵のように聡明な彼女も、起きぬけで、やや、思考が停滞しているのか――
有り得ない事態だしな。目を覚ませば、とりたてて仲が良いわけでもない男子が、部屋の中にいるとか。
でも、きっと数秒後、事態を把握した彼女に、俺は殴られることになるだろうし、下手すれば(というか、極めて妥当だなのだけど)警察を呼ばれることになるかもしれない。
思えば最初、初めてタイムリープして、ここに来たときは、うまくいったんだ。このあと少なくとも、普通に会話ができるくらいの関係にはなったんだ。
あのときは、どうしたっけ? ――そうだ、思い出した。あのときの通りにすればいい。目の前の少女が、俺の知ってる幼馴染とは別人だと分かってしまえば、少し躊躇われる行為だが、それでも――
「ええい、ままよ!」
俺は、ベッドの上の胡桃に覆いかぶさるように抱きついた。
「ちょっ」
次の瞬間。視界に火花が散った。そして弾ける激痛。
「――ッ!」
今しがた組み伏せようとした少女に抵抗され、眉間のあたりを殴られたようだ。グーで。
「『ええい、ままよ』なんて、実際に口にするやつ、初めて見たよ。いや、それはともかく五可。さすがにこれは良くないだろう。うん、普通に考えて、まずいだろう」
「悪かった。でも話を聞いて欲しい」
「どんな言い訳をしても無駄だと思うよ。女子の部屋に勝手に入ってきて、あまつさえ、寝起きにいきなり抱きついてくるなんて」
「いや、ちゃんとした理由があるんだ」
「この状況で、どんな立論ができるのか興味がないではないけれど、僕は寝起きで機嫌が悪いんだ。どうしても弁解がしたいなら、このあと僕からの通報を受けて駆けつけてくる警官に話してくれ」
「警察なんて脅しになるもんか。別に初めてってわけじゃない」
捕まるのも、取り調べを受けるのもな。
「どうやら、しばらく会わないうちに、五可は人としての道を踏み外したらしい」
どどどど、と。
荒々しく階段を登る音。やってきたのは彼女の父親だった。
「何があった、我が娘よ!!」
父は、愛娘の部屋に侵入した男を視界に捉えると、とりあえず、ぶん殴るという行動に出た。
いや、率直な表現に言い直そう。
俺は、胡桃の父ちゃんにぶん殴られた。
「てめえ、隣んちの五可か。何やってんだ!」
答えに詰まる俺の代わりに娘が答える。
「いきなり抱きつかれたんだ、父さん」
「ようし、わかった、てめえ、表出ろ! 覚悟はできてんだろうな。こりゃ冗談じゃすまねえぞ!」
腕を極められ、そのまま部屋から引き摺り出される。
「見来(みくる)が――」
「何?」
俺がその名を出した途端、おっさんの手に力が入る。胡桃の眼光も鋭い。
「苦し紛れにその名を口にしているのなら、許さないよ、五可」
「見来がなんだってんだ。言ってみろよ!」
と、おっさん。
「――未来が、危ないんだ! 助けてくれ」
胡桃に視線を向ける。思いが――真剣さが伝わるように、強く。
「何言ってやがるてめえ」
「いてててて」
無表情で、こちらを観察する胡桃。数秒後口を開く。
「話を聞こう、僕にどうしろと言うだい?」
と、ここで、胡桃の「悪いクセ」が出る。俺にとっては都合のいいクセが。
「決まってるじゃないか、助けに行くんだよ! お前の半身なんだろ! ピンチのときには必ず駆けつけるんだろ! それが今なんだ! 何も知らずに、明日を過ぎれば、お前、絶対後悔するからな! だから助けに行くんだよ! 小さい頃に引っ越した、お前の双子の妹を!!」