『未観測Heroines #47』 /小説/長編
♯47
「それこそ! 本当にどうして今更! だよ!」
今度こそ。
怒りをあらわにする。
「胡桃……」
「今更! 何でそんなこと言うんだよ!」
俺の記憶の限り、こんなに取り乱す胡桃は見たことがない。俺のあてにならない記憶の中では――
「忘れようって、言ってくれたのは、五可だよ!」
「ああ、そうだよな……それで、ここは笑うところなんだけど、俺、本当に忘れちゃったみたいなんだ、そこらへんのところ」
「笑えないよ。五可、変だよ。てかもう変態だよ」
「俺もいろいろあったんだよ」
胡桃に目の前で死なれたり。
猫耳少女に噛み殺されたり。
タイムリープしたり。
タイムリープしたり。
タイムリープしたり。
いろいろとな。
「もういいよ、五可のばあか! ――どうして私が綾ノ胡桃になったのかって? そんなの、五可と一緒にいたかったからに決まってるよ。約束したじゃない。ずっと一緒にいようって」
あの洞窟での出来事から。
ふたり手を繋いで歩いてきた。
だけれど、あの日、急にさよならすることになったんだ。
「だからって、入れ替わりなんて……馬鹿げてる」
「五可もそれでいいって言ってくれたよ」
「あのときは、まだ子供だったんだ」
成長して。
分別がついた。
いろんなことを、わきまえてきた。
それは多分、やっちゃいけないことだ。
「でも、五可の言ってることもわかるよ。いくら、五可と一緒にいたいからって、いくら子供だったからって、普通はやらない。思いついたとしても、怖くてできない――私さ、ちょっとおかしくなってたんだよ。きっと狂っちゃってたんだ。あの子猫ちゃんを殺したときから」
「……」
涙が頬を伝う。それは、秘めてきた罪悪感。
「でもさ、言い訳させてよ。あの頃の私には、やっぱり、耐えられなかったんだ。私は五可と離れ離れになるのに、胡桃ちゃんは、五可のそばにいられる。胡桃ちゃんはね、あの頃、五可のことが好きだったんだよ」
「そんなわけあるか」
いつも小馬鹿にされていた印象しかないぞ。
「実はね。中学生の頃かな、胡桃ちゃん私達に会いに来たんだ」
「俺、会ってないけど」
「追い返したよ。当たり前じゃん。綾ノ胡桃は私。五可も私のもの。あの子がここにいちゃいけないの」
こんなに。
こんなに俺の幼馴染は、歪んでいたのか。
歪んで、間違って、苦しんでいたのか。
ずっと一緒にいたのに――
「ねえ、そんな目で見ないでよ。やだよ。私、正直に話したよ。五可が知りたかったこと、話したよ」
「いや、正直、ちょっと引いてるわ」
ちょっとどころじゃない。ドン引きだ。
俺の知らなかった幼馴染の一面。いや、ずっと見ようとしていなかっただけかもしれない。
「あれ? ねえ、どうしてかな。私、極悪人みたいだよ? 困ったな。何で、こんなことになってるんだろう。ついさっきまで、ここに来る前までは、五可との素敵な未来を確信して、スキップなんてしちゃってたのに」
それについては、仕方がない、としか言いようがない。
つまるところ、そういう役どころだったんだ。
このゲームに。
この舞台に、黒幕という存在がいるなら。
それは君だったんだ。
君は知るよしもないことだけど。
まったく、自覚はないのだろうけど。
そこは同情する。
だけど――
「胡桃、俺たち別れよう」
「……え? 何言ってるの?」
「別れよう――」
「変だよ五可……私達はまだ、そういう関係じゃないよ」
「ごめん」
「これからなんだよ。これから、楽しいことが、たくさんあるはずなんだ。なのに、なんで、始まる前に終わっちゃうんだよ」
胡桃は泣いていた。
子供のように、泣きじゃくっていた。
「悪い」
「ひどいよ。こんなのあんまりだよ。謝るよ。ごめんなさい。あの子猫ちゃんを殺してごめんなさい。胡桃ちゃんを追い出してごめんなさい」
もう何も言うことはなかった。
話は終わりだ。
俺は泣き崩れる幼馴染に背を向け歩き出した。
◇
過去をえぐって、
傷つけて。
そして、見送った。
2022年11月23日水曜日。
勤労感謝の日。
午後5時30分。
綾ノ胡桃は。
綾ノ胡桃になりかわった見来という女の子は死亡した。
最悪の気分のまま。
どん底の気分のまま。
これは、俺の友達を傷つけた罰。
でも、大丈夫。すぐになかったことになる。
そして、彼女が理不尽な死を遂げるのはこれで最後だ。
絡繰はわかった。
あとは救うだけだ。
ゴールに向かって。
突き進むだけだ。
それには、まず、あいつの助けが必要だ。