『未観測Heroines #49』 /小説/長編
♯49
「この僕のことをイマジナリーフレンドと思っていたなんて……君の阿呆ぶりは相変わらずだね」
俺のこれまでの冒険譚を聞き終えた胡桃は、ため息混じりにそう言った。罵倒する言葉がひどく懐かしく、涙が出そうになる。
胡桃の部屋。おっさんは、追い出され、二人きり。そのほうが落ち着いて話せるだろうという、胡桃の気遣いだった。ちなみに、胡桃は部屋着のままだったが、髪は後ろに結んでいた。
「見来(みくる)がそう言ったんだよ――A世界のほうでな」
「もともと似たようなことを考えていたんだろう? 君も。もっとも――今のが全部君の妄想じゃなかったとしての感想だけれどね」
「……全部本当のことだ。そこは信じてくれ――としか言いようがない」
何しろ、全部俺の頭の中にしかない出来事なのだ。時間が巻き戻るってことは、全部物理的な痕跡はなかったことになるから――俺だって、何度自分の正気を疑ったかわからない。
「本当なんだろうさ――可愛い妹の命がかかっているんだ。真偽を確かめようがない以上、妄言だとたかをくくることはできないしね」
「本当、そういうとこ格好いいよな」
感覚より理屈優先というか。
「もしも、君が僕のことを騙そうとしているのなら、あとで仕返しするだけだ。二度とそんな気が起こらなくなるくらい、恥辱の限りを与えて、それでしまいだ」
「恥辱……」
「そう、恥辱だ」
手に持ってくるくる回していたペンの先端を俺に向ける。冗談なのかなんなのか、真顔なのでわからない。怖いので話を戻すことにする。
「じ、実際、俺だってどうかしてると思うよ。まるまる人ひとりの存在を忘れてしまうなんて」
胡桃は、うんと頷いたあと、
「さっきは、つい馬鹿にしてしまったけれど、もともと、そういう建て付けのゲームだったんだろう?」
「ああ……」
記憶を奪われた上で、恣意的に記憶を再生され、隠され、思い込まされてきた。
「じゃあ、改めて君の推理を聞こうか。君がどうやってその虚構から脱却して、真実にたどり着いたのかを」
◇
「まあ、ぶっちゃけ、どうやってと言われると、俺の考えていた方向性を、タマにばっさりと否定されたのがきっかけだけどな」
「ふむ、君の無能ぶりに愛想を尽かしたと見える」
「まったくその通りだよ。俺はいつまでも、的外れな場所をウロウロしていたからな」
「一つの仮説に囚われて、ほかを疑わなかったわけだね。猫ちゃんはその楔を取り払ったんだ」
「おかげで、ゼロベースで考え直すことができた――思えば、ずっと違和感はあったんだ。やっぱり、A世界とB世界で『綾ノ胡桃』が死亡する日時の差は気にすべきだった。この矛盾をてっとり早く解消するために、A世界の綾ノ胡桃とB世界の綾ノ胡桃は別人だという仮説を思い付いた。じゃあ、この顔の同じ二人の人物の関係はと言うと、まあ普通に考えて、双子ということになる」
「僕からすれば、当たり前の前提なんだけれど。そして君からしてもね。しかし、記憶にブラインドがあったのなら、そのような思考の流れになるだろう」
「別人なのだから人格が違うのも当たり前だ。人格が入れ替わった、なんて考えるより、そのほうが、ずっとシンプルに物事を解釈できる」
「シンプル、か。君程度の知能でも、そのようなスマートな考え方ができるのだから、オッカムの残した思考法は有用だね」
「……まったくな」オッカム――聞き慣れない単語が出てきたが、スルーしておく。
「では、その双子の一方はどこに消えたんだ?」
もちろん彼女は答えを知っている。俺の話を促すための質問だ。
いつだったか、子供の頃のエピソードで、彼女たちの両親の仲が険悪だというエピソードがあった。そして、今この家に、大人はおっさん一人しかいない。もし、事情を知らなくても、こう考えるのが自然だろう。
「君たちの親は離婚した。そして、そのときに子供を一人ずつ引き取ったんだ」
「知ってる」
胡桃は返す言葉で俺の考えが正解であることを告げた。
「つまり、こういうことだろう。この家にいた双子のうち見来(みくる)が父親に引き取られたのが僕の知るA世界。胡桃(くるみ)が父親に引き取られたのが、この世界というわけだ」
「しかし、君の世界では、見来は胡桃として生活していたのだろう?」
「入れ替わった――ということになるな」
「まあ、双子がいるなら、『それ』を疑うのが定石だね」
「話をまとめると、こうだ。A世界の綾ノ胡桃=見来が、11月23日、午後5時30分に死亡する。これは、同じ日時にB世界の母親に引き取られたほうの見来が、死亡したことに引っ張られての現象だ。それが、事故なのか、何なのかはわからないけど、だったらB世界の綾ノ見来を助ければ、A世界のほうも、死を回避できるはずだ」
「そういうことになりそうだね。しかし、謎という意味では、それでは半分だろう。まとめるには早いよ」
「半分?」
「そうだ。まだ問題がある。ならばなぜ、この僕――綾ノ胡桃もまた3日後に死亡しなければならなかったんだい?」