がらくたディスプレイ

趣味の小説置き場。どこかで誰かが読んでくれると幸せです。

『太陽と冬の少女 #2』 /小説/短編/ファンタジー

 

 

 #2

 

「僕を外に?」

 外に連れ出す――フブキと名乗った少女はそう言った。

「うん」

 余計なお世話だと言い返そうと思ったが、やめておいた。真っ直ぐに僕を見る彼女の目は、本当に純粋な善意で言っているのではないかと思えるほどに、淀みがなかった。

 だってそうだろう。引きこもりに外に出ろって、馬鹿に馬鹿って言っているようなものだから。

「僕を知ってるって言ったけれど、君――えっとフブキちゃん? 名字は?」

 女の子を下の名前で呼ぶのは躊躇われた。いや、もちろん『フブキ』というのが姓であるという可能性もあるのだが、続く言葉がそれを否定した。

「名字……はないよ」

「そんなわけあるか」

「わたしは『フブキ』であって、名字なんてものはないんだよ。私のことはフブキって呼んでよ。ね、太陽君?」

 よくわからないが、つまり名字は言いたくないということだろう。素性を知られたくない的なことだろうか。

「じゃあ、フブキちゃん。僕のことを知ってると言ったけど、君、同じ学校の子? 先生に言われてきたの?」

 探りを入れてみる。例えば、不登校の生徒の様子を見てこい、とかが妥当な線か? しかし僕は彼女のことを知らない。友達でもない、違うクラスの子に、先生がそんなことを頼むだろうか。

「うん、まあ。そんなとこかな」

 しかし、彼女は飄々と肯定した。本当のことを言ってないのがバレバレで、それが何とも可愛かった。

「ふーん。まあ、君が先生に言われてきたのかとか、どうして僕を外に連れ出そうとしているのかとかはわからないけど、何にせよ僕は外に出る気はないよ」

「どうして?」

「外に出ると体が溶けるんだ」

「え、そうなの!? 大変だ」

 思ったのと違う反応が帰ってきて困る。

「嘘だよ」

 困って――取り消す。敗北感のようなものを感じた。

「なんだ、びっくりした。じゃ、外行こ」

「やだ。家の中がいい」

 それは、引き籠もりとしての意地のようなものだった。意固地になっていると言ってもいい。

 実際のところ、学校に行きたくないのなら、学校に行かないだけでいい。部屋に引き籠もる必要まではないのだ。

 でも、僕の親がそうだったように、学校に行け、外に出ろと言われると、ますます殻にとじこもりたくなる心理が働いた。きっと僕は亀やカタツムリと同類なのだ。

「外のほうが楽しいよ」

 なおも、食い下がるフブキ――何の変化もない、正面からの主張。

「寒いだけだよ」

「そんなことない。外で遊んだほうが絶対楽しいって」

「子供じゃあるまいし。いったい外で何するのさ?」

「えー? 決まってるじゃん。こんなに雪が積もっているんだから、雪合戦とかできるよ。あとは雪ダルマを作ったりとかだね」

 雪だるま……。

 フブキはトンと跳ねるように僕に一歩近づいた。

 そして、僕の手を取り両手で握る。ずっと外にいたからだろうか。フブキの手はひんやりとしていた。

 女の子と手を繋ぐのは初めてのことで、どぎまぎした。フブキは雪の結晶みたいにキラキラした目で僕をのぞきこむ。



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「作ろうよ、雪だるま。昔みたいに」

「え? 昔ってどういう」

「でも、まあ――」

 フブキは手を離した。

「嫌だっていうのを無理やり引っ張っていくのは良くないね。じゃあさ。まずはわたしと友達になろうよ」

「誰が?」

「太陽君だよ」

「何だ、僕の話か。それで僕が、誰と友達になるの?」

「だから、わたし! フブキちゃんとだよ」

 そんなストレートに。

 正面から友達になろうなんて。

 そんなふうに言われたことがなくて戸惑う――戸惑ってばかりだ。

「まあ、いいけど」

 半ば勢いに押されるように僕は頷いた。

「じゃあ、一緒に遊ぼ。外で遊ぶのは今度でいいからさ」

 

 数時間後。

「ゲームって楽しいんだねー。わたし、ゲームって、するのって初めてだよー」

「だろ」

 僕達は並んで座ってテレビゲームをしていた。僕のコレクションの中から、2人プレイができ、かつ初心者でも楽しめそうなものを選んだ。

 部屋は薄暗かったが、真っ暗ではなかった。電気は付けておらず、カーテンは開けっ放しになっていた。

「うん。すごく、刺激的でエキサイティングだったよ」

「多分同じ意味だけどね」

「何々? どういうこと」

 別に僕は英語が得意というわけじゃないし、もはや学校にも行っていない身なので、はっきりしたことは言えないが、多分彼女も英語が得意ではないし、むしろ勉強が得意なタイプではなさそうだった。

「外なんかで遊ぶより、よっぽど楽しいよなってことさ」

「そうだね。家の中でこんなに楽しいんなら外に出る必要なんてないよね――って駄目ーっ!! 今の無し! 危ないところだった。わたしは太陽くんを外に連れ出すために来たんだから」

「ちっ。騙されなかったか」

 僕達は数時間のうちに、すっかり仲良くなっていた。友達になろうと言われて、本当に友達のようになっていた。久しぶりに――友達と一緒に過ごす感覚を覚えた。

「じゃ、太陽くん。今日は帰るね」

 フブキが立ち上がる。

「うん」

「また、明日来ね」

 と、あたりまえみたいに言うフブキ。

「うん。また明日」

 そして、僕も当たり前に返していた。

 フブキは窓から外に出た。そう言えば、最初にこの部屋に来たときに、帰るときはまた窓から出るみたいなことを宣言していたのを思い出す。

「いや、鳥じゃあるまいし、普通に玄関から出なよ」

「ううん。ここでいいよ」

 そして、窓を開けたまま、フブキはカーテンをサッと締める。僕から見れば、自慢の遮光カーテンの後ろに隠れる格好だ。

 そしてふと、支えを失いカーテンが落ちる。重力で元の位置に垂れ下がる。

 幕の後ろにフブキの姿はなかった。

 手品かなにかだろうか。

 鳥というか、天使とか妖精みたいだなと、思った。