がらくたディスプレイ

趣味の小説置き場。どこかで誰かが読んでくれると幸せです。

全9話『太陽と冬の少女 #1』 /小説/短編/ファンタジー

 

 

 #1

 

 陽ノ下太陽(ひのもと たいよう)というのが僕の名前。

 中学2年生。

 引きこもり。

 僕の自己紹介なんて、だいたいこの3語で済んでしまう。

 今日も平日の昼間から、学校を休んでテレビゲームをしている。暗い部屋。遮光カーテンで掃き出し窓を覆い、あえて暗くしてある。

 理由は言わずもがな、モニターの画面を見やすくするためだ。光の反射はゲームをしたり、アニメを見たりするのに邪魔になる。加えて、部屋が明るいと、せっかくの楽しいものを映し出す画面に、現実の世界が映り込むじゃないか。特に、自分の顔が映り込むのが嫌いだ。

 太陽なんて似合わない名前を、よくも付けてくれたなと思うが、そんなものはしょうがないのもわかる。産まれたときにはこんなふうになるなんて、わからなかっただろうから。

 きっと名前は将来の予想ではなく、願いなのだ。こんな人に育ってほしいという願い。だとすれば、期待に添えなくていたたまれない気持ちになる。

 不登校になったきっかけが何だったかは、はっきりとは覚えていない。でも何か大きな事件があったというわけじゃない。

 普段から嫌なことはたくさんあった。小さな不満の積み重ねが、記憶にも残らないような取るに足らないきっかけで、溢れ出たのだろう。

 いったん学校を休んでみると家がなんて快適なんだろうということに気が付いた。好きなことをして、時間になればご飯を食べて、お風呂に入り、眠くなれば寝る。

 毎日早起きして学校に通って、つまらない授業を受け続けることが当たり前だと、小さい頃から植え付けられてきたわけだが、今になって思うと、よくあんな苦痛を今まで無思考に耐えていたなと、感心する。

 もちろん、これではいけない理由もあるだろう。ちゃんと学校に行かないといけない理由はあるのだろう。だって今の状況がずっと続いて、まともな大人になんてなれるわけがない。それはわかっている。

 でも、そこには一瞬の諦めがあった。僕は落伍者としての自分を受け入れた。レールから脱線して、身動きが取れなくなってしまったような人は、世の中にはたくさんいるらしい。単に僕もそっち側になったというだけだ。

 何気にスマホを触ると、ニュースが流れてきた。今日はこの辺りの地域は、激しく雪が降ってるらしい。

 朝起きてから一度もカーテンを開けていないので全然気づかなかったけれど、外はきっと雪景色なのだ。

「雪か……」

 小さい頃の記憶が蘇る。

 庭に雪だるまを作った。自分の背丈ほどもある大きさで、自信作だった。その冬は寒い日が続いて、雪ダルマはずっと庭にいたままだった。僕はその雪だるまのことを、友達みたいに思っていた。

 でも、いつか冬は終わる。ある日学校から帰ってくると、友達はドロドロに溶けてしまっていた。その残骸の前で立ち尽くして、とても悲しくて、僕は大泣きした。

 そんな、小さい頃の思い出。

 いつからだろう。雪が遊びに直結した楽しげなものから、生活を邪魔する鬱陶しいものになったのは。まあ、それももう、引きこもりの僕には関係ないことなのだけれども。

 それでも――

 僕は少しだけ、カーテンを開けた。暗い部屋に光が差し込む。空は分厚そうな雲に覆われていたが、それでも夜のような部屋の中とは比較にならない。

 思ったとおり、街は白一色の世界だった。大粒の雪が空から降りていた。悔しいけど、綺麗だと思って涙が出そうになった。

 僕はカーテンを全開にした。

 ベランダの隅に人がいた。

 「うわ!」

 驚きもする。僕の部屋のベランダに、人がいたのだ。猫とか鳥とかならまだしも、まごうことなき人だった。

 女の子だった。彼女は僕のほうを見て、窓をノックした。

 窓を開ける。何者かはわからないが凶暴そうには見えなかった。それこそ猫じゃあるまいし。

 棘のような空気が肺を刺す。こんな寒空の下で、彼女はいったい、いつからここにいたのだろうか。とりあえず、僕は彼女を部屋に招き入れた。

 同い年くらいだろうか。すごく可愛らしいというのが第一印象だ。肌の色が神秘的なほど白い。コートなのだろうか、フワッとした上着は、それほど分厚そうには見えないが、防寒のほどはどうなのだろうか。

「大丈夫?」

 僕は彼女の心配をした。

「何が?」

「だって外すごく寒かったでしょ?」

「わたし、寒いの平気だから」

 そう言って彼女は、すました顔で体に付いていた雪を払った。僕の部屋の中で。まあ、溶ければただの水だし、放っておけば乾くので、特別騒ぎ立てるようなことはしなかった。

「こんなとこ、どうやって登ってきたの?」

「内緒」

「玄関から出る? ああ、でも、母さんになんて言おう」

「大丈夫だよ。帰るときはまた窓から出るから。それに、わたしまだ帰らないよ。だって君に用があってきたんだから」

「僕に用事? 僕は君のことを知らないけど」

「わたしは君のことを知ってる。太陽君。わたしはフブキ。君を外の世界に連れ出しに来たんだ」



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