がらくたディスプレイ

趣味の小説置き場。どこかで誰かが読んでくれると幸せです。

『太陽と冬の少女 #3』 /小説/短編/ファンタジー

 

 

 #3

 

 フブキと名乗る、ちょっと変った女の子と仲良くなったのは昨日のことだ。別れ際「また明日」と言って去っていったフブキは、言葉通り、また今日もやってきた。

 彼女は気が付けば僕の部屋の前のベランダにいて、窓をノックした。相変わらず、どうやって2階までよじ登っているのかは謎だったが、まさか、空から舞い降りているというわけでは、あるまい。

 カーテンの隙間から、昨日より強い日差しが差し込んだ。快晴だ。カーテンを開けてみて初めて気が付いたことだった。

 時間も昨日と同じくらい――つまり、昼過ぎといったところなのだが、よくよく考えれば、まだ学校では授業が繰り広げられている時間帯なので、彼女も不登校ということになる。まあ、フブキに学校とかクラスのことを聞いても、はぐらかされるだけなのだが。

 しかし、まだ授業中なんだって、そんな当たり前のことにも気が付かないなんて、引きこもりの感覚は本当に世間からずれている。

「太陽くーん。あーそぼ」

 窓を開けるとフブキは実に簡潔に要件を告げた。

「小学生か」

 やっぱり変わった子だ。僕は呆れながらもとりあえず彼女を部屋に招き入れる。

「今日こそ、雪だるま作ろうよ!」

 ――君を外の世界に連れ出しに来た

 彼女は昨日そう言った。

「いや、もう雪解けかかってるよ」

「いいじゃん。溶けかかった雪だるま作ろう」

「そんなゾンビみたいな雪だるま、いやだよ」

「そっかー。じゃあ、じゃあ。溶けかかった雪で雪合戦しようよ!」

「小学生だってそんな無茶はしないよ」

「えー」

 フブキは不服そうな声をあげたが、表情は朗らかだった。

 そして、何だかんだでまたテレビゲームをすることになる。昨日と同じ流れだ。そうして、遊んで、それなりに満足して帰っていく。「また明日」と言って。

 彼女は、毎日のようにやってきた。

 さすがに毎日ではないのだが、毎日ひとりで過ごしていた僕からすれば、毎日みたいなものだった。

 窓ガラスを叩く音が、フブキが来た合図だ。コンコンコンコンと3回。ガラスを叩く加減、指の角度、響く音で彼女だとわかるくらいに――そのくらいに、その音を心待ちにするようになっていた。

 ある日。お土産をもらった。

「あげる」

 はい、と渡されたのは、手に乗るほどの小さな雪だるまだった。ガラスでできた皿の上に置かれている。

 昨日の夜は、今年2回目の大雪だった。

「外で作ってきたの?」

「太陽君がいつまでも外に出てくれないからね」

「ありがとう。ちょっと下に行ってトイレに流してくるよ」

「駄目だよ!」

 頬をふくらませるフブキ。

「だって、ここに置いといても溶けるじゃん。床が塗れる」

「だからってトイレに流すことないよ。せっかく作ってきたのに。ベランダに置いとけばいいじゃない」

 言うとおりにする。

 とはいえ、もう雪は降り止んでいて、日が出ていた。寒気もそれほどではない。遠からず溶けてしまう運命だろう。

 僕はフブキが帰ったあと、ベランダに出しておいた雪だるまを部屋の中に入れた。日陰に置いておいたのが良かったのか、まだ、形状を保っていた。

 持ったまま、解けないうちに一階に降りる。そしてキッチンに向かい、冷凍庫に入れた。

 素直には言えないけれど。

 嬉しかったから。

 友達との絆のように思えたから。

 今度は溶かさないように。

 とはいえ、決して広くない冷凍庫の一画を占領してしまったので、夕方になると母親からクレームがあった。母親はドア越しに言った。

「あの雪だるま何? 捨てていいの?」

「うるせえババア。捨てたらぶっ殺す」

 僕は強めに言った。

 母親はため息をついた。いや、ドア越しなので実際にはわからないが、その姿が容易に想像できた。

 ともあれ、これで無神経な母親も、そうそう友達からの贈り物を、ぞんざいに扱ったりしないだろう。

 

 3月の初め――冬の厳しさが和らいだ頃だった。フブキは帰り際「明日からは来れない」とそっけなく言った。

 突然恋人から突きつけられた別れ話のようだった。もちろん中学生であり、さらに引きこもりの僕からすれば、恋愛なんてものは漫画の中の知識なのだけれど。それにフブキは友達だしね。

「どうして? 転校でもするの?」

「春が来るから」

 と一見的はずれなことを言うブブキ。でも、たぶんそのままの意味なのだろう。フブキの目は澄んでいて嘘とか冗談を言ってないことは分かる。的はずれなのはきっと僕のほうなのだ。引っ越しとか、そういう常識的なことが――

「春が来たら会えないの?」

「そう。だから、また来年だね。来年、もしくは今年中かもしれないけれど、絶対にまた来るよ。また、雪の降る頃に――ね」