がらくたディスプレイ

趣味の小説置き場。どこかで誰かが読んでくれると幸せです。

『異常で非情な彼らの青春 #5』 /青春

 

 

 #5

 

 翌日の朝。

 今日は普通に歩いて間に合うように登校していた深夜は、昨日と同じ交差点で、昨日と同じ女子生徒――藤守林檎と顔を合わせる。

「あ」

 声を漏らしたのは深夜のほうだ。しかし、向こうも同じく『あ』と聞こえてきそうな感じに、ぽかんと口が開いていた。

 偶然は偶然だが、とりたてて低い確率というわけでもないだろう。学校はいつもと同じ場所で、いつもと同じ時間に始まるのだから。

 だとすれば、今までもここで、ばったりと顔を会わせたことがあるのかもしれない――深夜が、知りもしない人間を気に留めたりしないというだけで。もっとも、今の深夜と林檎の関係が、知り合いだと言えるのかどうかは微妙だが。

「......」

 林檎は何も言わず、ふいっと方向転換し、学校へ向かう。何も見なかったかのように。今日も、そして昨日も、何事もなかったかのように。

 深夜はその後ろに付いて歩きだす。

 この状況も昨日と同じ。向かう場所が同じなのだから、必然こうなる。

 だから、昨日と同じように声をかけてみる。ただし、今度は、ちゃんとした意図をもって――話しかける。

「今日、放課後、体育館裏で待ってるよ」

 果たし状のようだなと深夜は思ったが、実際それに近い事態になるかもしれない。

 相変わらず返事はなかったが、彼女は来るだろうという目算はあった。彼女ははっきりと言った。口外しないで、と。ちゃんとわかっているはずだ。あの動画は、今も深夜のスマートフォンのメモリに保存されているのだということを。

 

 そして、放課後。

 体育館の裏側には、校舎内の廊下程度の空間があった。すなわち、人が余裕を持ってすれ違えるくらいの幅。一方を体育館の壁、もう一方をブロック塀に挟まれている。

 特筆すべき物はない。地面に草が生えているくらいだ。ゆえに、ここに目的など発生せず、人の気配は皆無だ。こんな場所に来るのは、よほどの暇人か、何か人目につきたくないことをしようと考えている人間のどちらかだろう。

 何か後ろめたいことを。

 人に知られたらまずいことを。

 例えば、今日の烏丸深夜のように。

 人が一人こちらに向かって歩いてくる。向こうもこちらに気がついているので、手でも挙げてみようかと思い浮かんだが、そんな間柄ではなかったし、そんな場合でもなかった。

 お互いの距離が2メートルほどになったところで彼女は足を止めた。

 並んでみて改めてわかる華奢な体躯。どう見ても、可憐で、どことなく儚げで――。

「何?」

 林檎は言った――今度は声を発した。

 声は、牽制するように鋭い。

「昨日の話の続きをしようと思って」

「話の続きはない」

「俺にはある」

「そう」

「わかっていると思うけど、昨日の動画のデータは俺の携帯の中におさめられている。昨日の晩、何度も見返したよ――何度もね」

「変態なの?」

 林檎は、身をすくめた。

「これは全くの想像なんだけれど、もしかすると俺の勘違いで見当違いなことかもしれないけれど、君はその動画を拡散されたくないんだと思うんだよ」

 瞳に怯えの色が混じる。

 拡散と端的に言ったが、現代においてその言葉は、大声で吹聴して回るというような生易しいものではない。情報が、インターネットを通じてすさまじいスピードで伝播していくことが想像された。

「どうすれば、いいの?」

 一貫して強気だった林檎は、ここで初めて譲歩する。もちろん、何でも受け入れられるわけではないだろうが――。

 深夜は、告げる。それこそこが今日の本題――核心だった。

「これからずっと、俺のそばにいてもらう」

「……え?」

 林檎にとって想定外の注文だったのだろう、理解が追い付かない。

「昨日のことだ」深夜は続ける。「俺には中学生の妹がいるんだけれど、その妹に聞いてみたんだ。人を殺さない殺人鬼はいるのかと。答えはノーだった。それと、さっきの俺が変態かという質問の答えもノーだ」

「妹さん? 家族とするような会話とは思えないけれど」

 常識的なことを言う殺人鬼。

 殺人鬼が登場するアニメがテレビでやっていて、という流れもあるにはあったが、この際、それは置いておくことにする。

「人を殺すから殺人鬼だということだ。代替なんてできるものか。もし君が本当に殺人鬼であるのなら、君はいつかは誰かを殺すのだろう。そのことを考えると、俺はとても不愉快な気分になった」

「それは、なぜ?」

「その答えに気が付いたとき、愕然としたよ。その感情、いや、この感情の正体は――嫉妬だ」

「嫉妬?」

「君が誰かを殺せば、きっとそいつは君にとっての特別になる。俺にはそれが我慢ならない」

 林檎は首を捻り。

 そして、その言葉の意味を彼女なりに飲み込み、

「私は殺人鬼。いつだって人を殺したいと思っている。なので、あなたの言うとおり、私はいつか本当に人を殺してしまうのかもしれない。だけどあなたの要求もまた飲めない。一緒にいれば、いつかと言わず、すぐにでもあなたを殺してしまうかもしれない」

「いいよそれで」

「え?」

「俺を殺せばいいよ。そうすれば俺は、君の特別になれる」

 


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 林檎は少しの間絶句し、

「やっぱりあなた、普通じゃない」

 そう、漏らす。

 深夜は否定しなかった。