がらくたディスプレイ

趣味の小説置き場。どこかで誰かが読んでくれると幸せです。

『異常で非情な彼らの青春 #4』 /青春

 

 

 #4
 

 午後6時になる前には帰宅することができた。

 まだ、両親は帰ってきていない。共働きで、二人とも家に帰るのはもう少しだけ遅い時間帯だ(まさか両親ともに海外出張だとかで、高校生と中学生の兄妹が一軒家に二人暮らしなどという、ラブコメのお約束的な環境ではない)

 家を出るときと同じようにソファーに座っていた由美に、購入してきたファッション誌を渡す。格好は部屋着に変わっていた。

「サンキュー」

 

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 テレビがついていた。

 それ自体は日常の風景なのだが、流れているアニメ番組が気になった。

「うっわ。懐かしいな、これ」

 すでに本編は終わりエンディングが流れていたが、その映像と曲が、深夜の記憶を掘り起こす。

 それは、5年ほど前に放送されていたアニメ『少年探偵ソウタの事件簿』――つまり、その再放送だ。
 タイトルから推察できるとおり、少年探偵ソウタが次々と(というか毎週)巻き起こる難事件を解決していくという内容だ。

「お兄ちゃん、好きだったよね、これ」

「好きというか、まあ、世代だよな」

 いわゆる子供向けの番組であろう。頭身の低いキャラクターデザインやBGMがそういう雰囲気を醸し出している。実際、当時、小学生高学年あたりに人気があった。

「いや、ハマってたでしょ。昔から好きだよね――こういうエグいの」

 子供向けなのにエグい。残虐というか、血なまぐさい描写が多いのである。子供向けっぽい世界観とのギャップを狙っていたのかもしれない。

 当時、確かに子供たちの間ではそれなりに人気だったが、一部の大人はそれ以上の熱度を持っていた。特定の層にはカルト的な人気のあったアニメだ。

 ちなみに、ソウタの敵役として『マーダー・ドッグ』というキャラクターが登場する。簡単に言えば犬のメイクをした殺人鬼で、異様な人気があったキャラクターだ。もしかすると、主人公のソウタよりも、この作品の顔役として認知されていたかもしれない。

「いや、そんな言い方すると、俺が変な奴みたいじゃないか」

「いや、十分変な奴だよ。まさかまさか、自分のことをまともだとでも思っていたの?」

 由美は呆れたよう言った。

「いや、普通だろ」

 少なくとも、そういうふうに演じているはずだ。

「いや、他人ならともかく、ずっと一緒に住んでる妹にごまかしは通用しないでしょ。まあ普通だと言い張るならそれでもいいけど」

 再び雑誌に目を落とす由美。遮るように、

「なあ、殺人鬼はなぜ、人を殺すのだろうか」

「え、何? アニメの話?」

「いや、一般的な話だよ」

「意味がわからん」

「だから、一般的な殺人鬼は、なぜ人を殺すのだろうか、という話だよ」

「まず、一般的な殺人鬼という言葉を初めて聞いたよ。そして、何でそんな話になったのか全然わからないし。やっぱやばい奴だよう、うちの兄貴は」

「いやいや、殺人鬼ってのは、案外そこら辺にいるもんだぜ」

 まさか、さっき会ってきたとは言えまい。

「そんなわけないじゃない。で、何だっけ?」

「殺人鬼はなぜ人を殺すのか」

「そういう設定だからでしょう」

「いや、だから、アニメとか小説の話じゃなくてさ」

「知らないよ、面倒臭いなあ」

「では、聞き方を変えよう。人を殺さない殺人鬼はいるだろうか」

「はあ? だから、そんなのいるわけないじゃん。人を殺すから殺人鬼なんだよ」

 ――先ほど遭遇した女子生徒を思い浮かべながら、

 たまたま遭遇した場面を思い返しながら、

「そりゃそうだよなあ」

 深夜は不満げに言った。


 ほどなくして両親が帰宅して。

 家族4人揃って食卓を囲んで。

 その後、順番に風呂に入って。

 深夜も由美もパジャマに着替えて。

 そんな日常の風景。

 そして、深夜は自室に引っ込んだ。ここからは、プライベートな時間だ。

 スマートフォンで動画を再生する。今日、自らが撮影した動画だ。

 液晶画面の中で甦る今日の出来事――人形を切り裂く同級生の姿。彼女がこちらに気が付き、そして、動画は終わる。

 また、初めから再生する。

 懸命に。

 楽しそうに。

 恍惚に浸るように。

 また、初めから――

 何度も何度も見返す。

『人を殺すから殺人鬼なんだよ』

 言い換えれば、人を殺さない殺人鬼はいない。

 彼女は、自らを殺人鬼だと呼び、そして、代替行為として人形を殺すのだと言ったが――もちろん、彼女の告白をそのまま信用するのなら、という話だが――

 ふと気がつく。

 こんなにも、あの女子生徒のことを考えていることに。

 これは、彼女の不可解な行動に対する単なる疑問なのか、それとも――

 深夜はその感情の正体に思いいたり、自分の心の中に芽生えたどす黒い感情の正体に気付いて驚愕した。