『異常で非情な彼らの青春 #3』 /青春
#3
木々に囲まれたこの場所はとても静かだ。
町の気配は消え失せ、どことなく非日常を予感させる。
ここは人目につかず、どんな悪事も秘密裏に行えそうだ。もっとも、何にだってイレギュラーが紛れ込む可能性はある。この日この場に居合わせた烏丸深夜のように。
深夜はズボンのポケットからスマートフォンを取り出す。そして、片手で素早くタッチパネルを操作し、アプリを起動させた。
スマートフォンに装備されているレンズを藤守林檎に向ける。
まったく便利な世の中になったものだ。思い立ってからたった数秒で撮影が開始できるのだから――黙々と、粛々と、人形を刻み続ける少女の姿を。
木に押し付けられ、
ナイフで胸を突かれ、
のどを裂かれ、
手首を落とされ、
目をくりぬかれ、
…………………………、
もちろん人形の話である。人間のことでは決してない。
しかし。
しかし――である。
まがりなりにも、人の形はしている。
そういう物に対しては、多かれ少なかれ感情移入してしまうものではないだろうか。
うっかりそこに人間を感じてしまうものではないだろうか。
人間の脳はそういうふうにできている。
人間の心はそういうふうな動きをする。
およそ10分。
深夜は彼女の常軌を逸した行為を撮影し――同時に、率直な言い方をすれば、魅了されていた。
非日常に。
幼さを残す容姿と狂気のアンバランスさに――いや或いは、幼さと残虐さは相容れないものではなく、むしろ同質のものだったかもしれないが。
いずれにせよ、少なくとも彼にとってそこにはある種の芸術的な刺激があり。
彼は目を奪われた。
忍ぶのも忘れ。
身を隠すのも忘れ。
そして必然、気付かれる。
少女の目がこちらを向いていた。バラバラにされた人形は彼女の足元に転がっている。
烏丸深夜と藤守林檎。
今朝、交わることのなかった視線が、この時初めて交錯する。
深夜は、今さらのように隠れることなどせず、また、背を向けて逃げだすことなどせず、冷静に録画を停止した。
痛いほどの沈黙のあと。
「......悪趣味」
初めて聞くの藤守林檎の声は、透き通っていた。
「君に言われたくないよ」
攻撃的な切り返しになってしまったが、率直な感想だった。
確かに、どう言い繕うとも盗撮だ――品の良い行為とは言えない。しかし、だ。趣味が悪いのはそちら様も同じだろう。
コミュニケーションとしては失敗の部類だろう。が、もともと深夜はあまりコミュニケーション能力が高い方ではない(騙しだましやってはいるが)。さらに、相手がまともに会話が成り立つかさえ怪しい人物となれば、正解の返しなどわかるはずもない。
もういい。このままいこうと、深夜は決心した。
林檎はその後は黙ったまま、木の影に横たわっていたシャベルを持ち上げた。そして、バラバラにした人形の隣の土を掘り返し始める。
「もう遊びは終わりか?」
深夜は、林檎が後片付けに入ったと判断した。子供がおもちゃを片付けるように。
挑発的な言葉にも少女は無反応だった。
土は柔らかく、数分もすれば穴は十分な大きさになった。それほど深く掘る必要はない。子供の玩具程度を埋めるには十分だ。
元は人形だったバラバラになったパーツを穴の底に放り込み、再びシャベルを使い土を被せていく。最後にシャベルの背で土を叩き固めると、辺りの落ち葉や枝を被せた。
証拠隠滅。発見されることは、まあ、あるまい。なにしろ、死体が腐ることも、腐臭を嗅ぎ付けて、野犬が掘り起こすこともないのだから。
少女はしゃがみこみ、今埋めた穴に向かって手を合わせた。
その仕草は冥福を祈るよう。
では、なぜ――人形に魂のようなものを感じるのならばなぜ、このような行為に及ぶのか。
「この辺りには、同じような子が無数に埋まってる」
「つまり常習犯ってわけだ」
そう。シャベルは彼女が今持ち込んだものではない。とはいえ、都合よくそこら辺に落ちているようなものでもない。
「お気に入りの場所だったんだけど......ついに見つかってしまったな。ところで、あなたにお願いがあるの。今日のことは忘れて」
「それは難しいな。生憎、俺の脳みそにはそんな便利機能は付いていない」
「なら口外しないで」
「よく喋るな。お姫さま」
「……」
林檎は、わずかに顔をしかめた。
「笑わないお姫さま――だったか。俺は今日知ったのだけど、学校ではそこそこ有名らしい。俺は深窓の令嬢のようなイメージを持ったが、まさか、裏ではこんな面白い趣味があるとはな」
「これは趣味じゃない」
「趣味じゃなければ何だ? 呪いか何かか?」
「代替行為」
「代替……?」
「私、殺人鬼なの」
深夜は言葉を詰まらせた。
殺人鬼。
代替。
人間の――替わり。
殺人鬼というワードは深夜の想定外――いくらなんでも話が飛躍しすぎだった。
「何の話をしているんだ」
「本当の話をしているわ」
「人殺しだって言うのか」
「殺したくて殺したくて殺したくて殺したいと思っている。いつだって、今日だって、今だって。きっと生まれたときからこうなんだ」
「……」
「でも、人を殺すのは、とても悪いことでしょう? だから私は人形を殺す。そうするほかないから。だから今日のことは黙っていて。でないと――」
――あなたのことを、殺す。
少女はそう言い残し、その場をあとにした。