『未観測Heroines #45』 /小説/長編
♯45
俺は馬鹿だった。
なまじ問題を先送りできる状況だったから、それに甘んじていた――もっと真剣に問題に取り組んでいれば、タマがこんな痛々しい姿になることはなかったかもしれないのに。
「これまで、さんざん神様神様と言っていたけど、それは便宜上そういう言い方をしていただけにゃ」
ベッドのふちにちょこんと座り足を降ろすタマの隣に俺も座る。
「神様なんていない――かどうかはわからないけれど、少なくとも私が契約した相手は、そんなにわかりやすい――都合のいい何かではないにゃ」
「ふーん。神様だっていうから、俺はてっきり、ひげ面のじじいを想像していたけど。じゃあ、そいつ、いったい何者なんだ?」
「そもそも人の形なんてしてないにゃ――形そのものがないし、それでいて、デタラメな力で運命を操り、弄ぶ。あえて近い言葉を探すなら――『怪物』かにゃ」
「怪物か。なるほど、つまり、そいつをぶっとばせばいいんだな」
「だから、そういう対象じゃないにゃ。実体もなければ、人格らしきものや意志さえあるのかもわからない――そういう『現象』だと思っておくにゃ」
「わかった――でもさ。酷い目にあっているのは胡桃や俺だろ。なんで、お前が関わる必要あるんだよ。契約? 前に、報酬があると言っていた気がするけど、それって何だよ」
「言いたくないにゃん」
「この期に及んで。言え、猫」
「私の報酬、それは――」
タマは観念したように眼を閉じた。
「……五可の幸せにゃ」
「何て?」
「五可の幸せが、私の報酬にゃ。私はそのために、この役を引き受けたにゃ」
「俺のため?」
「うん。五可は、友達だから」
本当に――
俺は馬鹿だ。
「だから、私がこうなってしまったことは、後悔してないにゃ。全部自分のためにゃ」
にゃははと、笑う。
胸が熱くなる。
衝動のまま。
俺は、タマを抱きしめた。
猫の少女を。
ずっと。
子供の頃からの友達を。
「わかってたよ」
「え?」
「言い出すきっかけがなかただけだ。そりゃあ、気づくだろ、普通。元気だったか? 心配したよ。突然いなくなっちゃうんだもん」
「会いに行けなかったにゃ。私は、死んでしまったから」
「やっぱり、そうなのか」
「うん。でも、死んでしまった私は消えてなくならずに、空の上にいて――ずっと五可を見ていたにゃ。私がいなくなったあと、まだ子供だった五可は泣いていたにゃ。泣くな、って叫んでも声は届かなかった。仮に届いたとしても猫の言葉だから、きっと五可はわからなかっただろうけど」
「いや、きっとわかったさ」
「そしてたくさんの年月が過ぎ去って、あの日――胡桃が交通事故で死んでしまったあと、五可はまた泣いていたにゃ」
「……」
「見ていられないほど、酷い状態だった。だから私は祈ったにゃ。何とか五可を助けてあげたいと思った。何に祈ったのかはわからなかったけど、ずっとずっと五可のことを思い続けて、気が付けば私は地上に降りていた。私は五可と同じ姿と知恵と言葉を得ていたにゃ」
「そっか」
より深く、抱きしめる。細い体が壊れないように気をつけながら。
「今までありがとう。ずっとそばにいてくれたんだな」
タマはどんな表情をしていたのか。気になるけれど、なにより、自分の表情を見られるのが嫌だった。タマは、
「にゃあ」
と子猫のように鳴いた。
◇
「なあ、お前殺されたんじゃないのか」
と、まだ話は続く。
「それは……言えないにゃ」
この反応は、正解だと思った。
だけど、ゲームについての謎について喋ることができないというルールからか、タマは口をつむぐ。
そういうニュアンスじゃない気もするけど――つまり、謎とは関係なく、単に言いたくないだけかもしれない。
「実は思い当たるふしはあったんだ。もうだいぶ昔の話で、そんなふうに疑っていたことすら忘れてたけれど。タマは、何も言わなくていいよ。ただ、違うなら違うって言ってくれ」
タマはこくりと頷く。
「もしかして、お前を殺したのは――」
俺は『犯人』の名前を言った。
タマは、『何も』言わなかった。