『未観測Heroines #44』 /小説/長編
♯44
■11月18日(金)
4日戻って、金曜日。押し入れで眠りこけている(と思われる)タマを置いて、俺は学校に向かった。もはや行く意味があるのか甚だ疑問だし、実際にサボったこともあったのだけれど、それはそれで、親がうるさかったりする。胡桃も心配するしな。
その幼馴染をいつものように叩き起こし登校。もうすっかり内容を丸暗記した授業が始まる。もし、今日の範囲だけでテストをしたら、学年1位を取れるかもしれない。
――昨日。俺は新たな仮説を立てた。タマのスペシャルヒントは直接的な答えではなかったが、俺の中の有力な説を否定することで考える幅が絞られ、一気に別の回答に辿り着いた。
考えに至った瞬間、今度こそ間違いないという確信があった。ひらめいた、というより、もうそう考えるしかなかった。
結局、タマがさんざん脅していたペナルティというものはなかった。
もしくは、すでに罰を受けていて、まだ気が付いていないだけかもしれないけれど。
例えば、背が1センチ縮んでいるとか……地味に嫌だな。あとで、保健室で測ってみようか。
というわけで。授業を聞き流しながら、仮説についてあれこれ検証を行う。これまでバラバラだったピースが、パズルがはまったみたいに、辻褄が合っていた。
うん。だいたい、仕組みはわかった。
あとは、どう、このゲームを終わらせるか――
◇
家に帰り着く。二階にあがって自分の部屋。ガランとした部屋に、上着を投げる。
いや、もちろん、一人部屋だから、誰もいないのは普通なのだけれど、最近はベッドの上に鎮座する猫耳少女の姿にすっかり、見慣れてしまっていた。
猫耳で。
生意気で。
失礼で。
天使で。
天真爛漫で。
気のいい。
俺の友達。
「タマ?」
いないのか――いや、押し入れのほうから、気配がする。
まさか、朝からまだ、寝てるとか? 胡桃じゃあるまいし。
「にゃぁ」
押し入れを開ける。やはりそこに隠れていたタマは、ふとんから半分顔を出した。
「なんだ、いるじゃん。出てこいよ。昨日の続きを話したい」
「うーん。今日はおふとんから出たくない気分にゃ」
「ん? 風邪でもひいたのか?」
「そんなとこにゃ」
そういえば、声の調子が、変だ。
子猫のようにか細い。
なんだかすごく。
胸騒ぎがした。
「ちょっと出てこい」
「にゃあ。乱暴するにゃ」
無理矢理押し入れから引きずり出す。
「……どうしたんだよ、それ」
「にゃはは。ちょっとイメチェンにゃ」
そう言って、自分の頭を撫でるタマ。
タマの髪が――腰まであった長い髪が、肩の上あたりまで短くなっていた。
イメチェンか。
猫といえど、女子だしな。
でも――
「眼は……どうしたんだよ」
右目を覆うように包帯が巻かれていた。
「にゃはは」と力なく笑うタマ「ちょっと、属性を足してみたにゃ」
猫耳に天使に、眼帯か。
これ以上属性を増やすな、とか軽口を叩きたいところだけど。
もう結構長い時間一緒に過ごしているけれど初めて見る、病気で寝込む子供のようなしおらしさ。
「ふーん。じゃあ、それ、取ってみろよ。似合ってないから」
「にゃぁ。五可は、デリカシーがないにゃ。だから、女の子にモテないにゃ」
「立派な彼女いますけど?」
「……とてもじゃないけど見せられないにゃ。私も、一応……女の子にゃ」
タマの反応で、これが、ジョークじゃないことが伝わった。
冗談じゃないことが。
ただごとじゃないことが。
これじゃまるで――
思い至って、背筋が凍る。
「ちょっとベッドに横になれ、タマ」
「ふにゃぁぁ!?」
俺は膝からすくうようにタマを抱きかかえた――驚くほど軽かったが、それは言葉にはせず、そっとベッドにおろす。そして体を庇う腕を押しのけ、俺は白いワンピースの前側を捲り上げた。
「――」
なんだよこれ。
なんだよこれ。
なんだよこれ。
「にゃはは」
引っ掻かれると思い身構えたが、タマは照れ隠しをするように笑っただけだった。
「五可のえっち」
やっぱりそうか。
彼女が受けけてしまったのだ。
俺が聞いてしまったから。
「ほかには? どこかおかしくなったところはないか?」
「うーん……そうだにゃ。さっき、いつもみたいにお煎餅を取りに行ったにゃ」
「一階の戸棚のやつだな」
タマの好物――というわけじゃないけど、いつも食べている。なくなってもタイムリープしたら復活するが、おやつのラインナップが変わるというわけでもないから。
「かじってみて――すぐに戸棚に戻したにゃ」
「食欲ないか?」
「……味が……」
眼の前が暗くなる。
「……しなかったにゃ」
貧血だろうか。
どうりで、血が抜けたように体が冷たいわけだ。
タマは、俺の代わりに――いや違うな。
初めからそういう契約だったのだ。
神様との。
思えば、初めからそのワードには違和感があったんだ。
それは、初めからタマに課せられた枷だったんだ。
これじゃあ、神様じゃなく。
悪魔みたいじゃないか。