がらくたディスプレイ

趣味の小説置き場。どこかで誰かが読んでくれると幸せです。

『未観測Heroines #43』 /小説/長編



♯43

 

 思えばそれは、結構早い段階でB世界の胡桃が指摘していたことだった。

 2022年11月23日午後5時30分に綾ノ胡桃が死亡するのが世界A。2022年11月26日午前11時45分に死亡するのが世界Bだと捉えるべきだと。
 そんなことを言っていた。
 そして、そのあたりに謎を解くヒントがあるとも――

 あのときはまだ、2つの世界の死の影響なんて話は出てきてなかったはずだから、直感力というのか、流石だなと思う。

「胡桃の中にいたもう一人の胡桃――名前は見来(みくる)だったか。B世界の胡桃は彼女だ。いつ、どんな理由で入れ替わったのか、その辺りの解像度をもっとあげないといけないのかな。胡桃はイマジナリーフレンドと言っていたけれど……俺はどうも違和感があるんだよな」

「ふむ。それはなぜにゃ?」

「イマジナリーフレンドってさ。普通、その子だけに見えるもんじゃん。だけど子供の頃の俺はそのイマジナリーフレンドと会話をしてたんだよ。2つの人格がスイッチしていたと考えるほうが、しっくりくる。そして、どちらが主人格になるかで世界が分岐したということなんだろうけど……」

「世界が分岐する? 『世界が2つある』だけではなく、それらは分岐した世界なのかにゃ?」

「前に、B世界の胡桃に、なぜ世界が2つあるのかとか、そんな構造を考える必要はないみたいなことを言われたけれど、やっぱり俺にはそのほうがイメージしやすいんだよな。箱の中の猫が死ぬか生きるかで世界が分岐する。そんなストーリーをくっ付けて現象を捉えたほうが考えやすい」

「ふーん。じゃあ、なぜ、胡桃と見来は入れ替わることになったにゃ?」

「そこなんだよな。例えばだけど、俺と胡桃が山で遭難する事故――あれがなかったとか」

 夢という形で繰り返し挿入されるエピソード。無関係なんてことはもちろんなく、むしろ最重要のピースのはずだ。

「すると、どうなるにゃ?」

「わからない。だけど、あの事故がなければ、俺と胡桃が髪飾りを土に埋めることはないから、B世界の胡桃が未だにその髪飾りをしているのも、一応辻褄は合う」

「にゃるほど」

 というか。

「ええい! そもそも俺が昔のことを思い出せればこんな苦労しないんだよ!」

「まあまあ、そういう建て付けになってるから仕方ないにゃ」

 神様に記憶を封印されている。逆にいえば重要だからこそ、記憶の引き出しに鍵がかけられているんだ。もし、無理矢理にでも、その引き出しを開けることができたら……

「叩けば思い出すか」

 ゴンゴンと壁に後頭部を打ち付けてみる。

「そんな、裏技みたいな攻略するなにゃ」

「あー、やっぱりダメだ」

 俺は、タマを押しのけてベッドに仰向けになった。タマは、俊敏な動きでベッドから飛び降りて、四足で着地する。猫だ。

「そもそも俺は、そんなに考えるの得意じゃないんだよな」

 成績は中の中だし――B世界の胡桃とは雲泥の差だ。きっと、成績もいいんだろうな、あいつ。

 正直、いくら、タマが考えるのを手伝ってくれるとは言っても、俺の思考能力自体が上がるわけじゃない。

 あれ? 今何か違和感を感じたけれど。まあ、いいや――

「五可はそれでいいのか?」

 むくりと二足歩行に戻った猫耳少女は、長い髪をかきあげながら、冷めた視線を俺に向ける。

「よくはない。けど、現状でも悪化はしていないんだ。今まで通り胡桃が死ぬまでに過去に戻れば嫌な思いをしなくて済むし、まあ、ゆっくり考えるよ」

「……」

「というわけで、また、よろしく」

 めをつむり、お腹の上で手を組む。さあ、いつでも殺してくれ。

「……プチ」

 と、聞こえるか聞こえないか。

「え、何、今の音?」

「私が限界を超えた音にゃ」

「え、何? パワーアップするの?」

「限界突破じゃないにゃ! 五可の諦めの良さに、我慢ができなくなったという意味にゃ。もういい! 私、覚悟を決めたにゃ!」

「覚悟?」

「今から五可に大ヒントを出すにゃ。いくら鈍い五可でも、これで真実に辿り着けるだろう」

「やめてくれ! 存在が消し飛んでしまう」

「だから! 覚悟を決めたと言ったにゃ!」

「いや、俺は覚悟できてねえし!」

「じゃあ言うぞ。心して聞け」

 そして、ついにタマは核心に迫る。

 実にあっさりと、

 思い残すことなく、

 未練なく、

 この悪魔のようなゲームを終わらせにかかった。

「『綾ノ胡桃は二重人格ではない』にゃ」

 ――がちゃりと。

「へ?」

「もちろん、言い方の問題ではないにゃ。二重人格でも、多重人格でも、イマジナリーフレンドでもない! ――子供の頃の綾ノ胡桃の中に、もう一人の胡桃なんて――『ミクル』なんて人格、いない! ――にゃん!」

 ――頭の奥のほうで鍵が、開く音がした。