『未観測Heroines #41』 /小説/長編
♯41
胡桃と一緒に過ごす日々は、これまでの人生のどんなときよりも輝いていた。
きらめいて、ときめいて――だけれど、どこか作り物めいていた。11月18日から11月22日の期間だけを切り取ったドキュメンタリーフィルムのように。
俺たちはもう、閉じた世界を生きるしかない。当たり前に時間が流れて、当たり前に未来へ進む、人としての生き方をもう忘れそうだ。
人間にとってはどの時間も、一瞬一瞬が一度きりで、だから価値あるものじゃないのか。何度だってやり直せる一瞬に価値などあるのか――そんな不安が頭をよぎることもある。
だから、いつも胡桃とべったりというのも、億劫になって、今回はもういいや、ということもある。いかにきらめいていようとも、やはり鮮度は落ちてくるのである。
俺はその回、胡桃に告白をせずに、つまり以前のようなただの幼馴染として日々を過ごしていた。すると何日かして、胡桃の方から告白してきた。
「私、もう、ただの幼馴染じゃ、やだよ。私、好きだよ、五可のことが。ずっと一緒にいてほしい」
夜の公園で胡桃は思いを打ち明ける。
「……無理だよ」
「え……」
「ただの、幼馴染でいよう」
胡桃の顔から血の気が引いてくのがわかる。辺りは暗いので、実際の顔色なんてわからないが、要はそういう悲痛な表情をしているということだ。
目に見えて。
「そっか……ごめん五可。五可はそういうつもりじゃなかったんだね……」
声に――失望と、恥ずかしさと、後悔が入り混じる。それでも強がって笑顔を保とうとするが、膝は震えていた。
「ごめんな」
「こっちこそごめんね。今日のことは忘れて。えへへ」
無理やり笑顔を作るが、目尻からは涙が滲んでいた。
――。
何だか俺が悪者みたいで居心地が悪い。
でも大丈夫だよ、胡桃。
次の世界では、また付き合ってやるよ。
「じゃあな」
お互いの家の前で別れを告げる。このあと、俺はまだこなさなければならないルーティンがあった。
「待って」
袖を引かれる。
悲痛な笑みを浮かべながら胡桃は言った。
「私のせいで、こんなんなっちゃったけど、できれば、明日からも、朝起こしに来てほしいな」
◇
「よし、戻るぞ」
自室に帰ってきた俺は、人のベッドの上でをくつろいでいた猫耳少女に言った。
明日は11月23日。悪夢の始まりであり終着である勤労感謝の日。
本当は明日、予定時刻の17時30分までに戻れば済むのだけも、一度うっかりしていて、嫌なものを見るハメになったので、余裕を見て前日に戻ることにしていた。
タマはいつものように俺をベッドに座らせ、覆いかぶさるように体重をかけた。
ベッドとタマに挟まれ、体が圧迫される。白衣の奥に温度と鼓動を感じた。苦しくてもがくが、足まで絡められ身動きが取れない。
以前、何でこんなに密着する必要があるのか聞いたことがあったが、殺(や)りやすいからにゃ、というシンプルな答えが帰ってきた。
タマは、消毒するように俺の首筋を舐めたあと、歯を突き立てた。
「――?」
突き立てて――口を離す。そして、体を起こして、ベッドに横たわる俺を見下ろした。いや、ちょっと歯、食い込んでたけどな。
「五可、今、幸せか?」
「何だよ急に」
「答えるにゃ」
真意は分からないが言うとおりにするしかなさそうだ。
「ああ――もちろんだよ」
胡桃と――好きな人とずっと一緒にいられるんだ。幸せでないはずがない。
「今回は、胡桃と仲良しじゃなかったにゃ」
「ちょっと、休憩しただけだよ」
「ふーん」
「幸せだよ。そうに決まっている」
それは、まるで、自分に言い聞かせるように。
タマは、その後たっぷり30秒ほど、唸ったあと。
「やっぱり、こんなのだめにゃー!」
ドカーンと。
火山が噴火したように飛び上がる。
「何だよいきなり」
「五可が幸せなら――五可が幸せと言うのならそれでいいと思ってたにゃ。でも、こんなのやっぱり違う。だって――五可、とっても辛そうな顔してる」
「そんなの――わかってるよ」
みなまで言うなってやつだ。
騙し騙し、やってるのに。
どうしてそう、デリカシーなく、本当のことを言っちゃうんだよ。
「だったら、俺にどうしろっていうだよ。俺はどうすればよかった?」
「どうもこうも。最初からやるべきことは決まっているにゃ」
「?」
「このゲームは、何にゃ。ゴールはどこにある?」
「知らん」
舌打ちをするタマ。
「胡桃を救うゲームにゃ」
「だから、それができないから困ってるんじゃないか」
「それは、本筋から逸れたことをしているからにゃ。私は『謎を解け』と、最初から言っているだろう?」
そうだ。確かに彼女は、そう、教えてくれた。
でも、同じ事だ。答えがわからないから、こうしているんじゃないか。
タマは俺の顔面を掴んだ。爪が頬に食い込んで痛い。
「諦めるな! 考えろ! もう結構前から材料は揃っているにゃ」
「材料?」
「そうにゃ。あとは、それを組み合わせるだけにゃ。考えろ。このゲームはもう推理可能にゃ!」
/次回から解決編スタート