がらくたディスプレイ

趣味の小説置き場。どこかで誰かが読んでくれると幸せです。

『未観測Heroines #40』 /小説/長編


♯40

 

 □11月20日(日)


 ベッドから床に降り、机の上に置かれたデジタル時計で時刻を確認する。

 午前7時。

 俺は、身支度を整え、玄関を出た。ひんやりとした空気が肌を射す。澄んだ青空の下、すぐ隣の住宅の敷地に侵入し、インターホンを鳴らすことなく玄関をくぐった。

「あがるぞー」

 と宣言だけしておいて返事を待たず、靴を脱ぐ。そして、階段を登り、すぐ右側の部屋のドアを開ける。

 微かに甘い空気。ベッドですやすやと寝息を立てている部屋の主の名は綾ノ胡桃。

 幼馴染で。今は俺の恋人だ。

「起きろー、朝だぞー」

 布団の上から体を揺すってみる。

「うーん」

「おーきーろー」

「あと、5分」

「待てん」

 布団を引っ剥がし、強制的に意識を覚醒へと促す。

「あわわわ、おふとん返してー」

 長袖Tシャツ、下はジャージといったスタイルで寝ていた高2女子はベッドの上で芋虫のように転がった。やがて観念した胡桃はむくりと上半身だけ起こす。

 


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「イ……ツカ? おはよう」

 目を擦りながら俺を見る。

「おう、おはよう」

「あれ? 今日は日曜日だから学校はお休みで、だから、今日は、お昼まで寝ててもいいと思うんだよ」

 壁掛け時計を見ながら、大きなあくびをする胡桃。

「休みでも、昼までは寝過ぎだ。今日は、出掛けるって言っただろ」

「――そうだったね、私寝ぼけてた」

 寝癖のついた髪を撫でる。ふわっとしたシャンプーの香り。そして無防備な姿。

 俺の中の本能が反応する。俺はおもむろに、胡桃の、肩を掴んだ。

「五可?」

 驚きと羞恥の表情。でも、子供じゃないんだ。男女として付き合ってたらこういうこともあるって、分かっているはずだ。

「まだ……その……恥ずかしいよ」

 もじもじと、顔を伏せるが、まんざらでもない――と思う。

 それに。

 胡桃にしてみれば俺たちは付き合ってまだ数日だが、俺の脳内ではすでに数ヶ月が経過しているのだ。

「初めてのときは、もっとちゃんとしたいよ。こんなぼさぼさ、やだ」

 布団で身を隠す姿が可愛らしくて。

「目を瞑って」

 言う通りにする胡桃。

 顔を近付けていって。

 突然、視界が歪んだ。

 ぐにゃりと。

 気が付けば、俺はフローリングの床と接吻していた。そして、そのまま、意識が遠のく。

「え、何? それ冗談? ぜんぜん面白くないよ」

 突然、ガラガラと窓が空く。部屋に侵入してきたのはタマだ。

「え? ていうか誰? どういうこと? 私の世界バグっちゃった?」

 混乱する胡桃。目が渦巻き状になっているに違いない。俺は顔面を床に接地させたまま動けなくなってて確認はできないけれど――いや、カオスだな。

 そして、混乱しているのは俺も同じだった。

 何、俺、死んだの?

 いや。

 しまった、そういうことか。ちょっと酸素が足りなくて、考えがまとまらないが、たぶんそうだ。

 まあいい、ちゃんとしたことは次の世界で考えれ――


 ◇

 

■11月16日(水)


 そりゃそうか。

 A世界の死がB世界に影響するように、B世界の死もA世界に影響するのだ。前回のB世界での死亡日時と合致しているので、そういうことだろう。

 そこでふと疑問が浮かぶ。待てよ。お互いの世界の死が影響し合うのなら、永遠に前に進めないのではないか、と。

 つまり、今回20日の朝に死んだのだから、今回も長くとも同じ日時までしか生きることができず、それは、次回も同じということで――

 いや、違うな。

 何回か前、胡桃を監禁して警察に逮捕されたときは前に進めたはずだ。

 つまり、片方の世界の影響で、もう片方の世界の死が発生するが、逆流することはないということだろう、たぶん。

 この仮説を元に今までの出来事に照らし合わせてみも、覚えてる限りだが、矛盾はない――気がする。

 では、これからの行動について考えてみよう。

 まず、A世界では、胡桃の死ぬ前日の夜死ぬ。そして、B世界では、大人しくしておいて、A世界の影響で死ぬのを待てばいい。 

 その4日間のサイクルを繰り返せばいい。

 これで、胡桃との永遠が完成する。

 素敵!

「これでいーのかにゃー」

 考えを披露すると、タマはベッドの上で腕組みをして唸った。

「うっせえ、せんべえでも食ってろ」

 そのせんべえも、無限に戸棚に蘇る。食べ尽くしても、リセットされる。

「ただし、床でな、さーて、明日は胡桃と何しよう? あんなことやこんなこと。多少変なことをしても大丈夫だろ、どうせまたリセットされるんだからな」

 数日経てば今の胡桃はいなくなる。そうなれば、また次の世界の胡桃を幸せにしよう。

 こうして俺は、胡桃を救うことを諦めた。