がらくたディスプレイ

趣味の小説置き場。どこかで誰かが読んでくれると幸せです。

『未観測Heroines #37』 /小説/長編

 


 

♯37

 

「つまりね。私が死ぬ前に、五可は過去に戻ればいいんだよ。そうすれば私は死なないし、五可はもう苦しまなくていい」

 胡桃は、キラキラした目を俺に向けながら、そんな目眩がしそうな提案をした。

「でも、戻れるのは四日前の朝だ。四日たつと、また、胡桃は死んでしまう」

 脳内に危険信号が駆け巡っているので、とりあえず言い返してみる。

「その前に、また戻るんだよ」

「本気で言ってるのか?」

 言わんとすることは、まあ何となくわかる。今言ったサイクルを、繰り返していくというのだ。

 一応は、わかる――理屈は。だけどそれは、あまりにも常軌を逸した発想だった。

 もしかすると、初めから俺の話など、まるで信じておらず、口を合わせているだけなのかもしれない。

 でも。

 胡桃が瞼を細める。

 その奥にある瞳が、妖しく光った。

 ――ように、見えた。嘘はよくない。けれど、本当にそんな、神秘的な、或いは魔的な、灯火を感じたのだ。

「わたしは、いつだって、五可には真剣だよ」

「……」

「私が五可に告白するのが、今日――つまり、11月22日っていうのは決まってるらしいから、過去に戻ったら逆に、すぐに五可から私に告白してほしいな。そうすれば、数日間だけ私達は恋人でいられる。いいね、五可から告白。それって、とても素敵!」

「……胡桃?」

 だよな。

「そして、また五可は過去に戻る。五可の告白からやり直し。素敵素敵素敵。大人にはなれないけれど、五可のお嫁さんにはなれないけれど、私達はずっと、それこそ永遠に一緒だよ」

「……」

「ずっと手を繋いでいようよ」

 そんな、プロポーズめいた決め台詞――幸せそうな笑顔。

「胡桃は、それでいいのか?」

「いいよ」と即答。

「次に俺がお前と会うとき、今の記憶はないんだぞ。いや、もはや今のお前とは別人と考えたほうがいい」

 だって、今の時間がいったんリセットされるのだから。この会話も――なかったことになる。

「いいんだよ。五可と『私』が幸せなら。五可が『私』を好きでいてくれるのなら、構わない。だって、嬉しいんだ。五可と両思いだってわかって。それだけで私の全部をあげられる」

 さすがに無茶苦茶だ。胡桃にこんな一面があったなんて。けれど、そもそも俺たちは幼馴染で、確かにたくさんの時間を一緒に過ごしたけれど、家族ってわけじゃない。まだまだ知らないことは多いんだな。

 いや、これから知っていけばいいんだ。

「ありがとう、胡桃」

 だから、俺は胡桃の提案を受け入れていた。うん、俺もそうとう常軌を逸している。

「うん。私、こうなれて嬉しいよ。とっても、とっても」


 ◇


「ねえ、五可」

 と、話には続きがあった。

「ん?」

「向こうの世界の『綾ノ胡桃』とは、あまり仲良くしないで」

「どういうこと?」

「それは、『私』じゃないの。何がどうなって、そうなっているのかは知らないけれど、『あの子』が、私になっているんだね」

「あの子?」

「五可、イマジナリーフレンドって、知ってる?」

「ああ、どうだろう。聞いたことがあるような、ないような」

「簡単に言うと、子供のときに見える、想像上の友達のことだよ」

「想像……」

「想像というか妄想というか。でも、本人にとっては、確かに存在していて、今風にいうとAR――拡張現実みたいに現実に重なって見えるんだ。私にもさ、昔見えたの。その子の名前が『見来(みくる)』。私がバカだからかな。逆に見来ちゃんは、すごく賢い女の子だった」

「そう……なのか」

 ふと微かに違和感を覚える。頭の中にもやもやとしたものが巣食っている。でもそれは、言語化できるほど、はっきりとした輪郭をもたなかった。

「いつの間にかいなくなっちゃったけれど、大事な大事なお友達だったの」

「そのイマジナリーフレンドが、向こうの世界では、『綾ノ胡桃』として生活しているということか」

「うん、そうみたいだね」

 それこそ、嘘みたいな話だが、実物を見た俺は、そんな奇妙な話を、すんなりと受け入れられた。

 体は同じでも、人格が違うのなら別人。胡桃からすれば、恋人が仲良くするのは、容認できないというのは理解できる。

 まあ、彼女と比較的話しができたのは最初のほうだけだったけれど。

 でも。

 それじゃあ、向こうの世界の『胡桃』は一体どうなってしまったんだ。

「五可の居場所は『こっち』の世界だよ。いいじゃない。『あっち』の世界が、どうだったって」

「そうだな、わかったよ。向こうの胡桃とは仲良くしない」

 胡桃は満足したように微笑んだ。