『未観測Heroines #36』 /小説/長編
♯36
□11月22日(火)
「あの頃は、当たり前にいつまでも一緒だと思ってたけど――」
夜の公園に二人。
外灯の光が淡く照らす中、胡桃は丁寧に言葉を紡いでいく。
「いつのまにか、私達は高校生で、高校を卒業すれば大学に行って、大人になって……これからきっと、大人になるにつれて、一緒にいるのが当たり前じゃなくなるかもしれない」
――そう、前置きを続ける。
何度もこのシーンを見てきた俺にとって、このくだりは、スキップしたくなるほど退屈なものだった。
そして、本題に入る。
「だから、あのね――私、もう、ただの幼馴染じゃ、やだよ」
「え、それって」
「私、好きだよ、五可のことが。ずっと一緒にいてほしい。幼馴染としてじゃく、彼氏彼女として」
そして、胡桃は、長年溜め込んだ思いを吐きだした。
「……」
言葉が、喉のところでつっかえて、出てこない。
別に初めてってわけじゃない。むしろ、何度も経験したシチュエーションだ。なんて返せば彼女が喜ぶかは、わかっていた。
でも。
もう。
無理だ。
嘘をつくのも。
浮かれたフリをするのも。
果たせない未来を誓い合うのも。
疲れた。
疲れたんだ。
「あのね、つまりね――」
黙り込む俺を見て、胡桃は不安そうな顔をした。意味が――思いが伝わっていないと思ったのか、しどろもどろに説明を追加する。
「無理だよ」
と、俺は、ついには否定した。
「え?」
胡桃の顔から血の気が引いてくのがわかる。辺りは暗いので、実際の顔色なんてわからないが、要はそういう悲痛な表情をしているということだ。
目に見えて。
「そっか……ごめん五可。五可はそういうつもりじゃなかったんだね……」
声に――失望と、恥ずかしさと、後悔が入り混じる。それでも強がって笑顔を保とうとするが、膝は震えていた。
なぜ俺は、好きな女の子にこんな思いをさせているんだろう。
違うんだよ胡桃。
俺は、本当は――
胡桃の背中に腕を回し、抱き寄せた。漏れる吐息。厚い上着越しにも、胡桃の存在を感じる。
形を。
輪郭を。
重さを。
匂いを。
息づかいを。
感じる。
確かに、ここにいる。
「震え――てるの?」
初めは狼狽していた胡桃だったが、やがて、俺の様子がおかしいことに気がつく。
「何か、怖いことがあったの?」
「違うんだ、胡桃……」
「どうしたの? 何があったの?」
胡桃の声が、俺の苦悩を優しく包み込む。
「俺は……俺はお前を守ってやれない」
「何があったの?」
俺は、胡桃にこれまでの出来事をすべて打ち明けた。
◇
ベンチに腰を落ち着けて、経緯を話す。
改めて、言葉にしてみると、ほとんど妄言と言っていいくらい、現実味がない話だった。例えば逆の立場だったら――胡桃や、他の誰でもいい、同じことを説明されても、無条件に信じてやれるほど俺は素直ではないし、無知でもなかった。
胡桃は、長い話を最後まで真剣な表情で聞き終わると、俺の頭を抱きしめ、そして、優しく撫た。
「そう。辛かったね」
たとえ――言葉の上だけであったとしても、受け入れてくれた安心感で、涙が零れそうになる。
「私を守ってくれてありがとう」
「全然……守れていない」
「私のために頑張ってくれたんでしょ。でも、私としては、もう頑張らないでほしいな。私のことはもう――いいから」
「そんなこと、できるはずないじゃないか。俺だって、本当はずっと胡桃と一緒にいたいんだ」
「でも、このままじゃ、五可が先に進めない。いつまでも大人になれないよ?」
「胡桃がいない世界で大人になっても仕方ないよ」
「うーん。じゃあ、こういうのはどうかな」
「え?」
「大人になるのを諦めよう」
「どういうこと?」
「ずっと、同じ数日間を繰り返せばいいよ。そうすれば私達はずっと一緒にいられる」
/つづく
※各話一覧、ほかの小説、その他記事は「カテゴリー」から