がらくたディスプレイ

趣味の小説置き場。どこかで誰かが読んでくれると幸せです。

『未観測Heroines #34』 /小説/長編

 


♯34

 

■11月22日(火)


 自分のベッドで目覚めた俺は、『いつものように』机の上の置き時計を確認したあと、身支度を始めた。タマは、押し入れの中で寝ているのだろう。

 日時は、4日戻って11月22日の午前7時。

 火曜日、平日。学生である俺は、学校に登校しなければならない。

 気難しい顔でテレビで情報番組を見ている父親と並んで、朝食を食べる。そして、コーヒーを飲んで。

 歯を磨いて。

 家を出る。

 日常そのもの――というのは嘘。皮を被っているだけで、とち狂ったゲームは未だ、継続中だ。

 

 ◇

 

 ビデオテープを巻き戻したかのように、同じ光景が再生される。

 授業の内容も。

 友達との雑談も。

 ネットのニュースも。

 本当に、おかしくなりそうだ。

 しかし、対応策がある。俺はいつのまにか、心を無にする技を身に付けていた。

 なるべく、何も考えないように。

 努めて、何も感じないように。

 ただ、息をする。

 そうすることで、幾分苦痛を軽減できる。

 そして、気がつけば昼休み。

 チャイムがなると、俺はすぐに屋上に向かった。鉄のドアを開けると、そこにはポニーテールを揺らす胡桃の後ろ姿があった。

「胡桃」

 声をかける。

 俺の存在に気づいた胡桃は、とても不愉快そうに、眉をひそめた。

「……」

 通常ここに人が来ることはないと想像できる。ドアには『立入禁止』と張り紙がされているし、普段は施錠されているからだ。

 胡桃はなぜか鍵を持っており(こちらの世界の胡桃はもしかしたら非行少女なのかもしれない)、この閑散としたお気に入りの場所を独占している。

 そんな、実質プライベートな場所に、取り立てて仲もよくない人物が侵入してきたのだから、不快になるのもわかる。

 そう、決して仲良くはない。胡桃にしてみれば、『過去に幼馴染だった』というだけの人物だ。

「……」

 胡桃は、数秒対応を考えて、そしてやっぱり無視をすることに決めたようだ。

 視線を俺に合わせることなく、横を通り過ぎ、出口に向かっていく。

 なぜ俺がここにいるのかとか、本当はいろいろあるだろうが、関わるよりも退散してしまったほうがいいと判断したようだ。

「ちょっと、待ってくれ、胡桃。話があるんだ」

 とっさに腕を掴む。胡桃は、掴まれたところに目を落とし、心底迷惑といったふうにそれを振りほどく。

 しかし、俺はめげない。

「大事な話なんだ」

『まさか、告白などというつもりじゃないだろうな』とかなんとか、皮肉めいたことでも言ってくれれば、まだマシなのだが、こちらの胡桃は基本、俺とコミュニケーションを取ろうとしない。

 ループする世界の中で、仲良くなりかけたことはあるにはあるが、最初と、その次の回あたりが、特別だったようで、その後何度かトライしたが無駄だった。

 だから、もうこんな努力も諦めていた。それに、彼女を救うとかそれ以前に、彼女が死ぬ日までたどり着けなくなってしまった。

 でも、俺の考えが正しければ、今回俺は、水曜日には死なない。胡桃が死ぬ運命の土曜日までは生き延びるはずだ。

 だから、何をするにも胡桃と仲良くならなければならない。いや、仲良くならなくてもいい。普通に話さえできれば――

「……」

「お前、このままだと死ぬぞ。次の土曜日だ」

「……」

「これだけじゃ何を言ってるのか、わからないよな。俺は未来から来たんだ」

 馬鹿みたいな話だが、逆にそれを面白がってくれたこともあった。

 そして、努力の甲斐あって、胡桃は一度だけ振り向いて、口をきいてくれた。



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「馴れ馴れしくするな」

 


 ◇

 


■11月24日(木)

 

 

 予想通り。 23日を過ぎても、俺は無事だった。

 俺は前回、あえて行動パターンを変えてみた。これまでは、胡桃の死亡後、すぐに過去に戻っていた。胡桃が死んだあとの、世界に留まる必要性はなかったからだ。

 しかし、前回は土曜の昼過ぎまで、その世界に留まってみた。結果、しつこくて、不快な取り調べを受けることになったのだが、どうやら徒労ではなかったようだ。

 つまり、俺が立てた仮説はこうだ。

 多分、ふたつの世界の死は、連動している。