がらくたディスプレイ

趣味の小説置き場。どこかで誰かが読んでくれると幸せです。

『未観測Heroines #33』 /小説/長編


♯33

 

 

□11月26日(土)

 

「なぜ、綾ノ胡桃さんを監禁したんですか?」

 机越しに座っている、スーツ姿の中年の女性は、抑揚のない声で言った。

 斜向かいからはカタカタとノートパソコンを叩く音。殺風景な部屋で俺は取り調べを受けている。

 あの日。

 胡桃を監禁状態にし、そこまでしても、また眼の前で彼女を死なせてしまったあのとき。

 俺は、警察官に拘束され――というかまあ、普通に逮捕された。経緯はわからないが、誰かが通報したのだろう。

 それから、かれこれ3日近くになる。

 この間のしつこい取り調べで、頭がぼんやりしていた。途中、動く檻みたいな車で場所を移され、現在、ここが警察の建物なのか、何なのかはわからない。

 タマは常に近くにいる。彼女に命じればすぐにでも俺の頸動脈を食いちぎり、俺は四日前の自宅のベッドに戻れるのだが、少し思うところがあって、まだ、この居心地の悪い世界に居座っている。

 どうせなかったことになるから。

 だから、普通なら人生オワタ状態にありながら、精神的には余裕があった。

 むしろ、これがよくドラマとかで見る取調べか、と少し感動してしまった。もっとも、まさか、こちら側に座るとは思わなかったけれど。人生何が起こるかわからない。

「俺は胡桃を、助けようとしました」

 女の質問に答える。

「助ける? 綾ノさんは、亡くなられましたよね」

「だから、助けられなかったから死んだんです」

 至極まっとうな筋道を、なぜか理解してくれない。

「あなたが殺したんじゃないんですか?」

「何で、俺が胡桃を殺さなくちゃいけないんですか」

「それは、私が聞くべきことです」

「彼女は、俺の幼馴染だったんです」

「そうですか」

「そして、俺たちは先日、交際を始めました」

「そうですか」

「だから、殺そうなんて思うはずないじゃないですか。俺は胡桃の――笑顔を守りたいと思ったんです」

「守りたいって、いったい何から?」

「どうせ言ってもわかりませんよ」

 そう、俺が吐き捨てると、女は不愉快そうに眉を潜めた。

 だって、タイムリープしてます! なんてカミングアウトしたところで、ふざけるなと怒られるだろう。いや、むしろ案外優しく接してくれるようになる気もするけど、それはそれで癪だった。

「あなたはどうして彼女を殺したんですか?」

「殺してないって言ってるでしょ!」

「あの場にはあなたと彼女しかいませんでした」

「それで、俺が殺したことになるんですか? 暴論だ。胡桃は、ひとりでに、死んだんだ」

「たまたま、君が、彼女を拘束していたときに?」

「じゃあ、死因は何です? 心臓麻痺とかでしょう?」

 女は、眉を潜めた。

「あのー。ところで、今何時ですか?」

「……。もうすぐ2時になります」

 午後の二時。窓から見える空は明るい。

 そろそろ頃合いか。

「密室で人が死んだら、一緒にいた人が殺人者というわけですね。では、もし、ここで俺が死んだら、犯人はあなただ」

 まあ、正確には、パソコンで記録を取っている職員がもうひとりいるが、そこは共犯ということで。

「あなたは、何を言って――」

「タマ!」

 俺は、人差し指を首に向け、頸動脈あたりをノックした。

「はいはいはいにゃ――」

 後ろに控えていたタマが返事をする。そして、俺の背中から覆いかぶさり腕を回す。もちろん、彼女の姿も声も、俺以外には認識できない。

 怪訝そうに様子を伺う女の顔は、すぐにひきつる。

 『ひとりでに』俺の首に2つの穴があき、穴を起点に肉が引き裂かれ、血管が千切れるのを見て、女は腰を抜かした。コメディのように、椅子から転げ落ちる。

 噴出された俺の血が無遠慮に部屋を汚していく。

 すごく愉快な気分で、俺は床に倒れ込んだ。

 

 ◇

 

 夢。

 或いは、記憶の再生。

 定期的に見せられる、子供の頃の記憶。

 胡桃の家の前に、丸っこい動物のキャラクターがペイントされたトラックが駐車していた。朝から騒々しく、家財がトラックに積み込まれている。

 俺は、小学生の胡桃に声をかけた。

「向こうでも元気でね」

「うん」

 胡桃は、か細い声で答えた。

 


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「手紙書くよ」

「うん」

 うつむき加減で答える。元気がなく、俺と目を合わせようともしない。

 これは、夢?

 それとも、記憶?

 いや、記憶というのは、おかしい。

 だって、これじゃあこのあと胡桃が引っ越していったみたいじゃないか。

 俺の記憶の中では胡桃は、どこにも行っていない。

 中学生になった胡桃も、高校生になった胡桃も、俺は知っている。

 俺は小さな手で、胡桃の頭を撫で、別れの挨拶をする。

 

「バイバイ。見来(みくる)ちゃん」