『未観測Heroines #30』 /小説/長編
♯30
□11月23日(水)
何だよ、これ。
悲しいとか、悔しいとか、そんな当たり前の感情よりも、まず、呆れてしまった。
はりつけにされた、変わり果てた幼馴染の姿を見て、俺は木々の間で立ち尽くす。
「はは」
もはや笑えてくる。だって冗談みたいだ。まるで現実感がない。スプラッター映画じゃあるまいし。
胡桃とはまたもや朝から連絡が取れなかった。文明最先端の利器、スマートフォンをもってしても、応答がなければ、役に立たない。俺は、勘だけを頼りに、町中をかけずり周り、神社を囲む雑木林の中で、凄惨な胡桃の死体を発見した。
神社――子供の頃、子猫を拾った場所だ。例の子供の頃の夢に登場する場所ということは、何かこの一連のゲームに関係しているということが予想された。
結果、拝殿のほうには何もなかったのだが、ただ、来る途中、やけにカラスが多いのが気にはなっていた。
神社に隣接する雑木林に踏み入ると、一本の木に、胡桃は立ったままロープで縛られていた。
重力に従い、胸から上はやや前かがみになっており、だらりと、髪が垂れていた。
髪の流れを追って視線を下にやると、引き裂かれた衣服が目に入る。上半身の前部が顕になっていた。
好きな女の子の肌を見て興奮するかって?
すはるはずないだろう。
容赦なく引き裂かれたのは衣服だけではなかった。
お腹のあたりがばっくりと割れている。
こういうのも覆水盆に返らずというのだろうか。
お腹の裂け目から、内蔵があふれ出ていた。
「ウッ――」
俺は口元を抑える。
もちろん、出血もひどい。というか、下半身はもう、絵の具に浸かったようだ。
たまたま、猟奇殺人犯か何かが通りかかったのだろうか。いや――たまたま、猟奇殺人犯が、通りかかったのだろう。
それが、このゲーム。
運命という名のもとに、実に都合よく役は用意される。
光を失った目は、何度見たことだろう。恐怖からも、苦痛からも解放された、虚ろな目。
内蔵は無闇やたらと、引き出されていた。地面に垂れ下がるビロビロした赤黒いものに、カラスがむらがり、くちばしを突っ込む。
「てめえら、俺の胡桃に何してやがる」
腕で払い除けると、カラスは散っていったが、木の枝に止まった他の個体が――無機質なレンズのような目が、まだ、獲物を狙っている。
「クソッ!」
それにしても。
どんなに好きな人でも。
どんなに大事で愛おしくても。
「何で人の中身ってこんなに気持ちが悪いんだろうなあ」
変わり果てた幼馴染に背を向ける。
「タマ、もう一度だ」
俺を殺せと。
近くに控えていた猫耳少女に言う。
彼女はニヤリと牙を向いた
「はいにゃ。何度でも。かぷぅ」
◇
そんなことを、何度も繰り返した。
なすすべなく、眼の前で死んていく、幼馴染。ただし、それはA世界、つまりは、俺が子供の頃からよく知っているほうの胡桃ばかりだ。
B世界は――なぜか、胡桃が死ぬ日までたどり着くことができなかった。なぜなら、俺が先に死んでしまうからだ。
B世界の胡桃が死ぬのは11月26日土曜日。俺が死ぬのは、11月23日の夕方、A世界の胡桃と同じ時間帯だ。
死に方も胡桃と同じく、まるで脈絡なく、辻褄を合わすように、こじつけで、冗談のように、繰り返し繰り返し何の理由もなく唐突に命を失った。それしても、バナナの皮ですべって転んで、頭を打ったのは傑作だったな。そのうち、豆腐の角で死んでしまうかもしれない。
そして、その度にタマはそばにいてくれて、俺を過去に連れて行ってくれた。
それが、B世界の話。
ちなみに、B世界の胡桃とは、まともにコミュニケーションを取れなくなった。
「馬鹿なのか、君は――」
などど、罵倒されたのも、今考えれば随分と好意的だった。どうやら、最初とその次が特別だったようだ。
基本的には、俺が話しかけても、ほぼ無視に近い。これが、B世界における、俺と胡桃の本来の関係のようだ。
なら、初めのときように、寝込みを襲ってみようかとも思ったが、それこそ殺されかねない。さすがに、そこまでの勇気はない。最初は俺も酷く錯乱していたからな。
いいさ、もともと、俺が助けたいのは――俺が好きなのは、A世界の胡桃だから。
だから、救い出そう。
早く。
この地獄から。
終わらせよう。
俺の頭がイカれてしまう前に。