『未観測Heroines #29』 /小説/長編
♯29
□11月19日(土)
「ハァ!!」
勢いよく上半身を起こす。
悪夢を見ていたようだ。ここはオレの部屋で、ベッドには温もりがあった。
酷い夢。
眼前に迫る列車の先頭。
ヒヤリとした死の感触。
「ハア、ア――」
しっかりしろ、俺。
あれは夢なんかじゃない――現実だ。
俺はまた過去に戻ってきたんだ。四日前の朝に。
ベッドの傍らにいた猫耳の少女は、ビー玉みたいに透き通った目で俺を観察していた。
「タマ。俺、また死んだ」
「うん」
「俺の体、どうなってた?」
記憶は、列車にぶつかる瞬間で途切れていた。
「聞かないほうがいいにゃ」
「胡桃――あいつに悪いことをした」
目の前で、人が死ぬ辛さを、俺は嫌というほど思い知っていた。
「……気にすることないにゃ。胡桃は、あ、壊れちゃった、みたいな顔してたにゃ」
「まあ、あいつらしいっちゃ、らしいな」
慌てても生き返りはしない、とか、超ドライなこと言いそうだ。
「なあ、タマ」
「何にゃ?」
「何で、俺が死ぬんだ?」
「さあ?」
「お前さ、知ってたんじゃないか? あの日、俺が死ぬって」
胡桃とのデートに、ずっと付いてきていたことに違和感はあったんだ。俺が死んだときそばにいなきゃ過去に戻れないと、そういうことじゃないのか。
「さあ? 何のことにゃ?」
そう、とぼけて、俺のいるベッドの上にごろんと寝っ転がるタマ。
「乗ってきてんじゃねえ」
「ごろごろん」
グイグイと、寝床が侵略されていく。俺は、たまらず、入れ替わりでベッドから降りた。そして、手早く外着に着替え、スマートフォンをジーンズの後ろポケットに突っ込んだ。
「どこ行くにゃ?」
「どこって、決まってるだろう。守るんだよあいつを」
「こんな朝早くから? まだ、時間はたっぷりあるにゃ」
「わかってるよ」
胡桃が死ぬ予定の時刻までは、4日ある。でも、とにかく、じっとしていられなかった。
そうだ、守るんだ。
あいつを。
□11月23日(水)
「え?」
土手に設置された階段を転げ落ちた胡桃は、コンクリートに後頭部を打ち付けたあと、動かなくなった。
「胡桃?」
階段を降りて、変な格好で地面に寝そべる胡桃に駆け寄る。目を見開いて空を見上げる胡桃の鼻からは、赤い筋が地面に垂れていた。
さっきまで、普通に笑っていたのに。
不運だった。
例のごとく、車道にフラフラとはみ出していく、胡桃の手を引いて――引いた先にたまたま、階段があり、足を踏み外した。
不運な事故だ。
事故?
いや、むしろ。
「俺が、殺した――んじゃないか」
彼女の死が運命で決まっていることだとしても、よりによって、俺の手で死なせることになるなんて。クソッ!!
「タマ!」
少し離れて様子を見ていたいたタマが駆けつける。
「終わったか?」
「ああ、今回も駄目だった。戻るぞ」
「今、すぐにか?」
「ああ、すぐに、俺を殺せ」
消してくれ、すぐに。こんな救いのない世界から。
「はいにゃ」
そう言って、俺の首元に噛みつく。
「かぷう」
俺は、タマに首の血管を食い千切られ、血を吹き出しながら、胡桃の隣に倒れこんだ。
□11月23日(水)
「おい、開けろ!!」
胡桃の部屋のドアを叩く。
「寝てんだよ。そういう日もあるだろ」
俺の後ろで呑気なことを言うのは胡桃の父、綾ノ武志だ。
「朝からずっとか?」
「だから、そういう日もあるって。朝からっつっても、一度も顔を見てないわけじゃない。部屋にはいるみたいだし、飯も喰ってる」
俺は、胡桃とは朝から連絡が取れなかったけど、籠りっぱなしというわけじゃないらしい。
スマートフォンの時計を確認する。もうすぐ、午後5時30分――時間がない。
「ドアを蹴破れ、おっさん」
「話、聞いてたのかよ、アホ! 今日は帰れ。心配なのはわかるが、あいつもガキじゃねえ。別に、死んじまうってわけじゃあるまいし」
おっさんは、事情は知らないから、この温度差も、当然といえば当然だった。
俺は、正面からの突破を断念し、言われたとおり、自分の家へ帰る。そして、二階の自分の部屋へ。
ベランダに出て、手すりに足をかけ――
「よっ」
隣の家の、一階と二階の間にある屋根に飛び移る。落ちたら、それこそ大怪我だったが、恐怖心はなかった。このあたり、何度も死を経験した成果かもしれない。
屋根から、胡桃の部屋を覗く。
「いるじゃん」
ドアを背にして座り込む胡桃の姿を見付ける。
「――!?」
いや、違う。
すぐに、ピンときた。
何しろ、体験済みだ。
腰が浮いている。なぜなら、ドアノブにかけられたロープに吊るされているから。
首が、吊られているから。
俺は窓に鍵がかけられているのを確認し、窓を蹴破った。そして、破片から手をつっこみ、鍵を開ける。
「五可か!? 何があった!?」
おっさんの怒鳴り声が聞こえるが、無視する。
胡桃の近くに寄る。
屈託のない笑顔が大好きだった。が、もう見る影もない。
血の気の引いた、顔。見開かれた目。口元からはだらしなくベロが垂れていた。
脈なんかを確認するまでもなく、死んでいる。
今回も終わった。
窓から、屋根に出ると、タマがいた。
「また駄目だった。俺を殺せ、もう一度だ」
「はいにゃ。かぷぅ」
/つづく
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